第3話
愛は考えていた。
この奇妙な状況は何なの?
確かに、私は飛び降りた。
目を開けて見たら宙に浮いていて、死んだと思った。
なのに、この木村と名乗る男が現れて死んでないと言う。
自殺予防センターって名刺をくれるし、今は、椅子に座っているし…。
必死になって汗を拭いている、木村を見た。
視線に気付いた木村が、口を開く。
「今から順番に説明しますね。まず、宮部さんあなたは確かに飛び降りました」
「そうですよね」
「自殺ですね。この自殺が問題なのです!!」
バン!!
机を叩き木村が力を込めて言った。
愛は思わず「ごめんなさい」と謝る。
木村は、笑顔で言った。
「失礼。宮部さんが、謝る必要は無いですよ。人それぞれ事情があると思いますし、私たちの世界の都合ですしね」
愛は「はい」と頷いた。木村が話を続けた。
「死んだら、あの世に行くって事はご存知ですよね。天国と地獄。これは有名ですよね」
「知っていますけど」
「そうですよね。有名ですからね。知っていますよね。実は後1つ、自殺した人が行く世界があるんですよ。名前は、ある事情があって秘密なんですけどね。だから、この世の人達は知らないんですよ。そこが私の住んでいる世界なんです。」
「はぁ〜」
愛は、木村の説明を聞いて、ただ頷くだけだった。
「そこは、魂を強くしようって世界なんです。次、生まれ変わった時は自殺など考えないように、強い精神力を身につけよう!!強い精神は、強い魂から!!」
木村は興奮して思わず立ち上がった。
お腹の肉が揺れている。
愛は唖然として、木村を見上げた。
我に返った木村は「ゴホン」と咳払いをすると、
「失礼」と席に座った。
「それでですね、魂を鍛えるために、色々なカリキュラムをこなしていくのです。精神的なことから、肉体的なことまで、たくさんの事をこなしてもらいます。あっ、そうだパンフレットあるから見ますか?」
木村が「パチン」と指を鳴らすと、愛の目の前にパンフレットが現れた。
突然現れたパンフレットにビックリした。
木村は、その顔に満足すると「どうぞ」と愛にパンフレットを進めた。
パンフレットを手にとって表紙を見た。
『強い精神は、強い魂から!!』
大きく書かれた、題の下に綺麗な顔をした男性が微笑んでいた。
どことなく、有名な韓流スターに似ていた。
木村が口を開いた。
「その表紙の、男性かっこいいでしょ?今、私たちの世界で一番人気がある俳優ですよ。」
「そうなんですか?」
「ええ、そうなんです。ま〜私の妻は、私の方がかっこいいって言ってくれますけどね」
木村は、照れ笑いをしている。
愛はあきれた顔で木村を見ていた。
愛の視線に木村は気付く。
「失礼。私の事はどうでもいいですよね。どうぞ中を見てください」
愛は、木村の奥さんになるのは、どんな人だろうと考えながらパンフレットを開いた。
『なぜ自殺をしたのですか?理由を深く掘り下げて考えてみよう。
カウンセリング予約制』
カウンセリングがあるんだ。
私もカウンセリング受けていれば自殺する事なかったのかな。
私が、自殺する理由になった彼。
私が自殺した事を知ったら、どう思うのだろう。
悲しんでくれるのかな?
彼のことを思い出す自分が嫌になる。
彼の事を忘れるように、ページをめくった。
『強い魂になるために、魂を鍛えよう。1年間の軍隊入隊』
軍隊?軍隊って何なの?この人の世界でも、戦争があるのかしら?
「あの〜、この軍隊入隊ってなんですか?」
「はいはい。軍隊入隊ですね。実際はどこかと戦争している訳ではなく、この世の方々に、わかりやすく表現してあるだけです。軍隊でやる訓練を、魂でやるわけですね。これ、大変ですよ〜。この世での軍隊の経験者でも、根を上げていましたからね」
「必ず、入隊しないとダメなんですか?」
「はい。必ずです。1年間の軍隊入隊で、心身共に鍛えてもらうって訳です。1年後には見違えるように、強い魂になってますよ」
木村は、汗を拭きながら説明をしていく。
愛は、「木村の汗は止まる事がないの?」と思いながら、木村を見つめた。
愛の視線に気付いた木村は、照れ笑いを浮かべて下を向いた。
愛は、なかばあきれ気味にパンフレットに目を落とす。
テレビで見る軍隊の訓練を見ると確かに鍛えられそうだ。
でも、それを魂で?
いまいち、信じられない。だいたい、今の状況が、信じられない。もしかして、夢?
愛は、自分の頬をつねってみた。「いたい」痛みがあった。
「夢じゃないですよ」木村が言った。
夢じゃないなら、私は木村の居る世界に行くだけじゃないの?
だいたい木村は、何しに私の元に来たの?
愛はパンフレット閉じた。