第2話
10秒、20秒…1分以上経った気がする。
しかし、地面に衝突した感覚がない。
愛は、恐る恐る目を開けた。
地面が下のほうに見える。
愛の体は、頭を下にして空中に浮かんでいた。
「私、死んだの」
「まだ、死んでないですよ」
下から、男の声が聞こえた。
誰?それに「死んでない」って、どういう事?
私は飛び降りた。それに宙に浮いている。
これが、死んだのではないなら、いったい何なの?
下を見てみる。
「誰なの?」
愛は、恐る恐る見えない声の主に問いかけた。
男からの返事が返ってきた。
「少し待って下さい。すぐにそちらに向かいますので」
男の声が聞こえたと思うと、
下から重力を無視して、ビルの壁面を男がドタドタ走ってきた。
スーツを着た中年の男だった。
突き出したお腹に、丸い顔。
この寒空の中、額には汗が玉のように流れていた。
男は、愛の目の前に立つと名刺を差し出した。
愛は、何ていって良いか分からず、名刺を受け取った。
「は、初めまして、宮部愛さん。わ、私は、き、木村憲次というものです」
木村が、息を切らしながら自己紹介をした。
愛が名刺を見ると『自殺予防センター 木村 憲次』と書いてあった。
自殺予防センター?
木村と名乗った男の顔を見ると、必死になって汗を拭きながら私を見ていた。
いったいどういう事?私死んだんじゃないの?
愛はコートのポケットに、名刺をしまった。
「あの、どういう事です?死んでないって…」
「実は宮部さん。あなたはまだ、死んでないですよ」
どういうことなの?
愛が、困惑した表情を浮かべた。
そんな愛を見て、木村が話を続けた。
「そうですよね。宮部さんにしてみたら、訳が分からないですよね。私も宮部さんの立場なら、訳が分かりませんよ」
木村は、早口で勢いよく話すと何かに気がついたようだった。
「この体勢、疲れないですか?」
愛は、頭から地面に向かって落ちた状態で浮いていて、木村は、ビルの壁面に立って話している。
お互いの頭を合わせると、ちょうど直角90度って感じだ。
普通なら、考えられない体勢だった。
「ええ、少し」愛が答えた。
「そうですよね。少し待って下さい」
木村はそう言って、愛の顔を見ると
「驚かないでくださいね」と笑った。
「パチン!!」木村は、腕をあげ指を鳴らした。
その瞬間、ビルの壁面にテーブルと2つの椅子が、テーブルを挟んで向かい合うように現れた。
愛の驚いた顔をみると、木村は満足そうだった。
「失礼」木村は愛の肩を軽く叩いた。
その瞬間、愛の体がビルの壁面に対して垂直に立つように回転した。
「きゃっ!」思わず愛は叫んだ。
木村は、満足そうな顔をしている。
どうやら、人を驚かせるのが好きなようだ。
木村は、「どうぞ、座ってください」と愛に席を勧めた。
「はい…」愛は促されるままに、席に着いた。
木村も止まる事のない汗を拭きながら、席に着いた。