表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9話:そこで蠢くモノ_1


 村の中央広場に立つ五人の間を、ヒュウゥ――と冷たい風が吹き抜けた。空気は重く、まるで見えない大きな手に、頭から押さえつけられているようだ。長い沈黙の中で、井戸の中から時折コト……ンと、相変わらず何かが底へ転がる音が聞こえてくる。


「……まだ、いる、よな」


 圭介が声を潜め辺りを見回す。途切れ途切れ苦しそうに言葉を放つ、そんな彼の額には汗が滲んでいた。


「確かに、気配はある」


 涼は低い声で答えた。その視線は井戸ではなく、周囲の家々の暗がりへ向けられていた。


「涼さん……や、やっぱり、もう帰りませんか?」


 美咲が涼の袖を掴み、不安そうに顔を上げる。彼女の声は震え、今にも泣き出しそうだ。


 だが涼は答えず、耳を澄ませていた。


 ――ザリ――ザリ――


 地面を何かが擦る音が、またしても背後から響いた。


「後ろだ!」


 修平が叫び、全員が一斉に振り返る。


 ――そこに立っていたモノを見て、全員が凍りついた。


 それは人の形をしているようで、しかし明らかに人間ではなかった。身体を纏うはずの皮膚という皮膚が剥がれ落ち、空気に晒された赤黒い筋肉がむき出しになっている。骨は不自然に曲がり所々肉を突き抜け、釘付けになってしまうほど四肢は異様に長い。


 そして――その顔には、顔であるはずのものには、黒く淀んだ穴はあるのに眼球がなかった。


「な……何だよ、あれ……!」


 圭介が声を震わせる。


 明らかな異形はゆっくりと首を傾け、口だけを大きく広げた。そこから低く、湿った呼吸音が漏れ出す。


「涼さん、あれ……人間、ですか……?」


 美咲が後ずさりながら呟く。


「……人間だった【何か】だろうな」


 涼は冷静に答えるが、手は握っていても震えているのがわかるほどだった。


 異形は一歩踏み出した。その動きはぎこちなく、それでいて異様に速い。ザリ……ザリ……という音は、むき出しの骨が地面を擦る音だった。


「く、来るぞ! 逃げろ!」


 修平が声を上げ、全員が散開した。異形は一直線に美咲へと向かってきた。


 「いやぁっ!」


 美咲が悲鳴を上げ、後ろへ飛び退く。そこから走り出そうとするも、足がもつれ転びそうになる。


「美咲!」


 涼が即座に駆け寄り、腕を掴んで引き寄せた。異形の爪が空を切り、代わりに涼の肩をかすめる。服が裂け、薄っすらと血が滲んだ。


「涼さん!」


 美咲が叫ぶ。


「大丈夫だ、良いから走れ!」


 涼が美咲を押しやり、異形と向き合う。圭介がその横に飛び出し、拾ってきた鉄パイプを振り下ろした。


 「うおおぉぉぉっ!」


 パイプは見事異形の肩に命中し、骨が砕ける鈍い音がした。


 だが異形は全く怯まない。むしろその口を更に大きく裂き、圭介へと向き直った。


「効いてねぇのかよ、マジかよ……!」


 彼は鉄パイプを再度構え、そのまま後ずさっている。


 その瞬間、異形の顔が圭介に向けられた。


 「――ジジジ……」


 耳障りな音と共に、異形の頭部から淡い光が瞬いた。


「……おい、何だこれ……」


 修平が困惑したように呟く。言い終わると同時に、圭介が目を見開き、動きを止めた。そして彼の瞳に、一瞬、村の入口にいた時の光景がよぎった。


「圭介!? 何やってるのよ! そこから動いて!」


 悠里が叫ぶ。


「ま、待て……俺……今……村へ入る前に戻った気が……」


 圭介が混乱した声を漏らす。


「何、言ってるんだ?」

「俺、今、村に……ここ、え? あれ?」

「圭介!?」

「ニオイ……あの、家は……お札、人形……」

「ま、まさか……時間を巻き戻してる……?」


 涼が険しい表情をした。


「ダメだ! 目を合わせるな! 多分アイツの能力だ!」


 しかし言い終わる前に、異形が再び圭介に向かって跳躍した。


 「うわぁぁぁぁぁっ!」


 涼が横から体当たりし、圭介を突き飛ばした。異形の爪は涼の頬をかすめ、先ほどよりも深い傷に小さな血飛沫が舞った。


「涼さん!」


 美咲が叫ぶ。


「俺はいい! お前らは井戸の反対側へ回れ! 戻るんだ! 身を隠せる場所まで!」


 涼は叫びながら、異形の注意を引くように走り出した。


「こっちだ! こっちへ来い!」

「お、おい待てよ! 一人でやる気か!?」


 異形を引き連れた涼を圭介が追いかけようとするが、強い力で悠里が彼の腕を掴んだ。


「今行ったら全員死んじゃう! 涼を信じて! アナタまで行かないで!」

「でも!」

「悠里の言う通りだ! ここは涼に任せて、俺たちは行くぞ! 美咲も!」

「は、はい!」


 誰もが後ろ髪惹かれる思いで、涼を一人にした。彼は走りながらも、野球のバッドほどの長さと太さのある木の枝を拾い、逃げた仲間を守ろうと異形と対峙する。呼吸は荒いが、その瞳は獲物を狙う獣のように鋭かった。


「くそっ……!」


 異形が再び大きく口を開いた。ジジジ……という音が響くと同時に、周囲の空気が歪む。そしてまた、皮膚の下を走るような低い音が鳴ると、地面に落ちた落ち葉が逆流するように舞い上がり、時間そのものが引き戻される感覚が五人を襲った。


「くそっ……!」


 涼が歯を食いしばる。


 次の瞬間、異形が涼へ飛びかかる。爪が迫り、彼の身体が地面に叩きつけられる直前――


 「涼さん!」


 美咲の絶叫が広場に響いた。


 そして――またあの光とともに、視界が赤黒い飛沫に覆われた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ