第6話:神伏村への道_3
圭介は後方から助手席に身を乗り出し、フロントガラス越しに先を覗き込んだ。
「うわ、先のカーブ……倒木があるぞ」
確かに、先の道には大きな杉の枝が道を塞ぐように横たわっていた。幸いまだ若い木なのか幹は細く、力を合わせてどかすことができそうだった。修平が車を停めると、圭介がすぐに外へ出た。
「悠里と美咲はちょっと待ってろ。あー、恭一も。動画録る低溜めるといけないからな。俺と量と修平でどかしてくる。行こうぜ」
圭介に続き、涼と修平も外へ出た。車外に出た三人は両手で枝を掴み、力任せに引きずった。美咲は窓越しにその様子を見つめ、落ち着かない様子で手を組んだ。
「……皆さん、意外と大きそうですが、大丈夫でしょうか……」
「心配すんな、こんぐらい余裕だって!」
「流石筋肉」
「筋肉言うな!」
豪快に笑いながら圭介が親sy日を立てている。枝を脇に寄せて戻ると、道を確認しながら再び車はゆっくりと進み始めた。
――しばらく走ると、周囲の空気が妙に冷たくなった。気になった美咲が窓にフゥ……息を吹きかけると、その中心から白く曇るほどだ。季節は春と夏の間。まだまだ朝晩涼しい日もあるが、冬のような寒さは感じられない。
「変だな。さっきまでこんなに寒くなかった」
修平がエアコンを確認したが、表示された車内温度に問題はない。出てくる風はひんやりとしていたが、それは今までと変わらなかった。
その時、後部座席に座る涼が静かに言った。
「……聞こえるか?」
「何が?」
悠里が首を傾げる。
「声だ。小さく……何かが囁いてる」
車内が一気に静まり返った。誰もが神経を尖らせて耳を澄ませるが、聞こえるのはエンジンとエアコンが風を運ぶ音、そしてタイヤが泥と砂利を踏む音だけだ。
「気のせいだろ」
そう言って圭介が笑おうとしたが、その声はわずかに震えていた。
美咲は青ざめた顔で涼を見た。
「……涼さん、本当に?」
涼は窓の外をじっと見つめ、低く答えた。
「気のせいならいいが……多分、神伏村は俺たちを見てる」
――やがて、林道が完全に車両通行不能な状態になった。巨大な岩が転がり、先ほどどかして見せた木よりも大きな木が倒れ、道は崩落している。「仕方ない、ここまでだな」と、渋々修平が車を停めた。
六人は車を降り、それぞれリュックを背負い直した。空気は更に冷たく、湿った土と落ち葉の匂いが濃くなっている。
「ここから徒歩で四十分よ」
地図を確認した悠里が言う。
「……ねぇ、恭一は一度あの集落まで戻ってくれない?」
「え!? 僕が!? どうして!?」
「……万が一、私たちが迷子になって帰ってこれなくなったら、誰もそれを警察に知らせてくれる人がいないのよ」
「で、でも! 僕がいなくなったら、撮影は……それに、僕だって神伏村に行きたいのに!」
「そんなのわかってるわよ。でも、その時一番冷静に行動できるのは、あたしは恭一だと思ってるの。……だから、お願い」
悠里はジッと恭一を見ている。折れるつもりはないようだ。
「わかりました、車もゆっくり走ってたから、この辺りを撮影しながら戻ります。……お気をつけて」
「一日経っても集落に戻らなかったら、警察に連絡して」
「うん」
「安心しな、中の様子は俺達がバッチリ撮ってくるから! 機材貸してくれ!」
「……じゃあ、お願いしたよ、圭介君」
恭一は一行と離れ、一人来た道を戻った。
残った五人が歩き始めると、足元の落ち葉がしっとりと靴底に貼りついた。木々の間から差し込む光はほとんどなく、まだ午前中だというのに夕方のように暗い。
圭介が先頭を歩きながら言った。
「なんかさぁ……空気が変じゃね? 湿気が重すぎるっていうか。やたらとまとわりついてくる、っていうか」
「だな。それに、音がしない」
修平が周囲を見回している。
「普通なら鳥の声とか聞こえるはずだろ」
美咲は緊張で小さく肩を震わせ、涼のすぐ後ろを歩いていた。
「涼さん……本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」
彼は短くそう言ったが、その目は周囲を鋭く探っていた。
ひたすらに歩き進むうち、やがて古びた祠が現れた。木造の小さな祠は苔むし、屋根が崩れかけている。その前には、人間の手形のような赤黒い跡がいくつもついていた。
「……何だこれ」
圭介が近づこうとしたが、涼が手でそれを制した。
「触るな。……何か嫌な感じがする」
美咲は顔を背け、小さな声で呟く。
「これって……血、ですか……?」
悠里が慎重に覗き込み「古い染料かもしれないよ」と推測したが、その声には確信がなかった。
更に進んで、木々の隙間からようやく視界が開けた。そこには、朽ちた木製の鳥居が一本、傾きながら立っていた。鳥居の奥には、朽ち果てた家々と雑草に覆われた道が続いている。
「……ここが、神伏村」
悠里が呟く。美咲は足を止め、両手で胸を押さえた。
「……入るんですか?」
「勿論だ」
涼が前を見据えたまま言った。
「ここまで来たんだ。引き返す理由はない」
「だよなぁ。よし、行くぞ!」
圭介が無理に明るい声を出し、先に足を踏み入れる。
――その瞬間、冷たい風が鳥居をくぐり抜け、五人の体を撫でた。木々がざわめき、どこかで子供の笑い声のようなものがかすかに響いた気がした。
「今の……」
美咲の呟きにも涼は振り返らず、ただ前へと歩き出した。その背中に、他の四人も続いた。