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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第四章:奥へ、奥へ。

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第55話:さよなら_2


 悠里も死んでいた。彼女は、圭介の後を追ったのかもしれない。

 嫌な想像しかできない中、一条は悠里の手に紙が握られていることに気が付いた。


 紙は、日に焼けて色が変わっている。だが、文字は問題なく読める程度には、形を保っていた。


「涼君……これを見てくれないか?」


 美咲はまだ泣いている。自分たちがしっかりするしかないと、涼はグッと手を握った。


「なんでしょう?」

「どうやら、研究記録の一部らしい。悠里ちゃんが握っていた」

「そんなもの、どうして……」


 涼は一条かが紙を受け取ると、上から順に目を通していった。


 ***


【実験ログNo.0773】

 ・対象:母胎個体 21歳/二経産

 ・実施者:補佐研究員 稗田『ひえだ』

 ・手順:1. 胎主素体の培養片を臍帯経由で接続 2. 神経反応観測用に意識は切断せず 3. 脳波に「母性強化波」を注入

 ・結果:同化率82%。被験体、「自分の子を取り戻せた」と錯覚し泣き笑う。36時間後、子宮破裂。胎主片は母胎の脳神経を優先吸収。

 ・補足:「悲鳴が非常に良質。今後の参考に」母胎廃棄後、臓器は栄養槽へ再利用。


【実験ログNo.0789】

 ・対象:男児 年齢不詳『推定12歳』

 ・実施者:主任研究員 安原『やすはら』

 ・手順:1. 四肢切除後、胎主接続管を脊椎に直接接続 2. 苦痛抑制剤は未投与 3. 断末魔時の脳波採取

 ・結果:「おかあさん」と連呼。反応良好。最終的に「おかあさんになれるなら死んでもいい」と発言。

 ・補足:胎主はこの「願望」に強く反応。精神的愛着の高い個体ほど養分として優秀。


【実験ログNo.0810】

 ・対象:胎児状態での人工融合実験

 ・実施者:補佐研究員 柳瀬『やなせ』

 ・手順:1. 人工子宮内に複数の胎主片を散布 2. 成長促進剤投与

 ・結果:誕生直後に母胎を喰い破り死亡。しかし死体も「死後母胎の顔を舐め続ける」動作を止めず。

 ・研究員コメント:「胎主にとって、母胎は餌であり『恋慕』の対象。極めて理想的な本能反応だ」


 ***


「これは……」


 内容を一通り読み終え、涼は他に喉から出せる言葉が見つけられなかった。

 明らかに人を実験道具にした、考えたくもない研究の結果だ。


「こんなもの、どうして悠里が」

「どこかで見つけたのかもしれないね」


 落ちていてもおかしくはない。ここは、研究施設なのだから。


「…………か…………け……」

「……?」

 

 紙から目を離したとき、壁の奥から人の声がした。

 それは一瞬、涼の幻聴かと思われた。しかし、次の瞬間、美咲がピタリと泣き止み、顔を上げた。そして、血の気の引いた唇で囁いた。


「……今、誰か……『助けて』って言いましたよね?」


 その言葉を皮切りに、壁の中の筋肉めいた模様が蠢き、ぼこり、と内側から膨らんだ。

 石壁の一部が破れて露わになった赤黒い肉片が、かすかに震えながら、空気を押し出すようにして声を吐いた。


「たすけ…て……」

「……あつい……あつい、あついよ……」


 小さな子どもの声のように聞こえたが、次には年老いた女の嗄れ声に変わり、最後には甲高い笑い声に変わった。

 声は壁の中を移動し、部屋中の壁を所狭しと這うように広がっていく。


「出して、くれ……ここから、出して……帰り、たい」


 背後で誰かが呟いた。振り向くと、壁の中に埋もれた男性がいた。ところどころ見える服装は、再開発作業員のものだ。

 床に這う苔はいつの間にか赤黒い粘液を含み、踏むたびにぬちりと音を立てる。天井からは水滴ではなく、何か透明な体液が滴り、白濁した膜が張りつつあった。


「まさか、まだ人が⁉」

「どうしてこんなところにいるんだ!」

「わ、わからない……気が付いたら、ここに……」


 まだ動かせる指を必死に伸ばしながら、男性は外へ出ようと必死だった。


「あっ」


 突然、美咲が立ち上がった。彼女の瞳が大きく見開かれ、壁の一部を凝視していた。涼も目線を追った。


 ――壁に、顔が浮かんでいた。

 肉と石が融合したような壁面の膨らみに、人間の顔がいくつも押し込められている。その顔はすべて苦痛に歪み、目を見開いたまま石化した表情をしている。だが、よく見ると――その目が、瞬いた。


「――見てる……私たちを、見てる……」


 美咲が震える声で言った。

 次の瞬間、その石化した顔の一つが大きく口を開き、肉の奥深くへ引きずり込まれるように沈んだ。代わりに、別の場所から新たな顔が浮かび上がる。生きた人間が、壁の奥に閉じ込められたまま、ゆっくりと壁面と一体化しているのだ。


 壁の奥から、囁きがはっきりと聞こえた。


「……おいで……おいで……おいで……」


 その時、遠くの闇の奥で、重い音が響いた。


 ――どくん――どくん――どくん――


 胎主の鼓動が、はっきりと脳髄を震わせるように響いた。


 そして、美咲がふらりと歩き出した。瞳は虚ろで、口元がかすかに動いている。


「……泣いてる……」


 小さな声でそう言った。涼が慌てて腕を掴むが、美咲は振り払おうともしなかった。まるで、何かに呼ばれているかのように、足を進め続ける。


 その瞬間――壁全体が脈打った。

 血管のような筋が赤黒く光り、壁の肉が波打つ。奥から、巨大な心臓が鳴るような音が近づいてくる。


 ――どくん――どくん――どくん――

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