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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第四章:奥へ、奥へ。

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第53話:胎蔵の間への道行き_5

 

 次の瞬間、涼の視界が暗闇に沈む。

 まるで自分がその生贄の肉体に入り込んだかのように――


 (――あたしは、選ばれた。光栄だと、そう教えられた)


 狭い祭壇の上で、女性は古い布に包まれていた。

 自分の腹は大きく膨らみ、だがそれが自分の子ではないことを、嫌でも理解している。しかし、その腹の中で子が動くたび、そっと撫でてやるくらいには、愛着を持っていた。

 勝手に手が動き、漂う薬草と血の混じった匂いが鼻を刺す。


 (神伏さま……胎主さまに、この身を捧げるのは、村の……誇りだって……)


 そう唱えようとするが、喉が震えて声が出ない。腹の中で蠢くものが、ぬるりとした感触で子宮を押し広げる。

 それは自分の一部ではなく、明らかに異質な生物だった。それでも、女性は母だった。


「オカアサン……オカアサン……」


 胎内から、誰かの声が響いた。

 だがそれは人の子の甘えた声でも、愛を求めるような泣き声でもなく、湿った空気を引き裂くような粘ついた囁きだった。


 (あぁでも。こんなはずじゃなかった……こんな、こんなはずじゃ……! 怖い、怖い怖い怖い怖い)


 女は両手を腹に当て、必死に抑え込もうとする。芽生えた愛着を消そうとするには、何もかもが遅すぎた。


(違う違う違う違う違ううううあああああああ)


 ……得体の知れない感情が彼女を支配した時、膜の内側から鋭い何かが突き破り、ずぶり……と内臓を裂く痛みが走った。


「――――――――!!」


 女は悲鳴をあげた――が、その声は外には届かなかった。視界はぼやけ、グニャリと歪む。それから、ただ祭壇を蠢くナニかに吸い込まれていった。


 ――次に涼が感じたのは、少年の視点だった。

 首に縄をかけられ、どこかの祭壇の下らしき場所へ吊るされている。

 その足元には、どろりとした黒い液体が溜まり、自分の血と何かの体液が混じり合っている。


 (ぼくは……ぼくはいやだ、まだしにたくない……)


 目の前には、白い仮面をつけた巫女がいた。

 それが後に「祈祷婆」と呼ばれる存在になることなど、少年にはわからない。

 彼女ももれなく、同じような運命を辿ることもわからない。

 何も、わからない。わからないのに、ただ自分に起こる未来だけは、手に取るようにわかる気がした。


「……お前の血は、胎主さまの糧となる」


 そう言い放つ巫女の目は感情を失っていた。


「さぁ、今すぐ、その身を捧げよ」


 首が締まり、意識が遠のく。走馬灯も浮かばない、ただ白い色だけが、頭の中を染め上げていく。何か考えようとするのは、確実な死の前には無駄なこととでもいうように。

 だが――死の直前、少年の耳元で何かが囁いた。


「マダ、オマエハオワラナイ……」


 視界が暗転する直前、少年は自分の首から滴る血が、赤黒い肉に吸い込まれ、蠢く無数の目を形作っていくのを見た。それが、彼の見た最期の景色だった。


 ――最後に映ったのは、研究施設内の実験台に縛り付けられた女性の意識だった。

 生贄は村人だけではなく、研究員の手でも生み出されていたのだ。


 女の腹部は既に切り裂かれ、黒いチューブが直接子宮に繋がれている。女性の目は開いていたが、意識がないのか、それとも上手く反応できないのか、死にかけのように虚ろだった。

 研究員たちは女性の存在が、人ではなくモノであるかのように、無機質な声で言い合う。


「成功です。胎主との接続、初期段階完了」

「感情は切り捨てろ。対象はただの器だ」


 ぷるぷると身体を震わせ、女性は必死に口を開き、頭を横に傾ける。意識をなぞるだけで、涼たちには何もできなかったが、その視界の端に薄っすらと自分たちが映った。

 女性は必死に口を動かし、その視界の端にいる自分たちへ語りかけるように、視線を動かした。


「……たすけ……て……まだ、しにた、く……」


 しかし次の瞬間、内側から何かが激しく暴れた。

 腹部が不自然に波打ち、血が噴き出す。

 女性は絶叫したが、その声は一瞬で消え――涼たちの視界も闇に呑まれた。


 ドクン――ドクン――ドクン――ドクン――ドクン――ドクン――ドクン――ドクン――


 涼は激しく心臓が脈打つ音で現実に引き戻された。

 美咲は顔面蒼白になり、肩を震わせている。

 一条も歯を食いしばり、額に汗を浮かべていた。


 ――皆、同じ光景を見ていた。

 繋がれた女性たちも、圭介に似た少年も。布に包まれ腹が裂けた女性も、縄で首を締められた少年も、自分たちに助けを求めた女性も、淡々と仕事をこなす研究員たちも。


 壁に刻まれた無数の顔が、三人を見つめたままゆっくりと口を開ける。


「……オマエタチガ……ツギダ……」


 空気がひどく冷たくなったかと思うと、突然壁のすべての顔が一斉に目を閉じた。

 静寂が訪れ、代わりに圭介の声が頭の中へ響く。


「……ここに……きてくれ……りょう……」


 だがその声には、どこか別の意思――巨大な存在の意志が混じっていた。

 涼は短く息を吐くと、震える美咲と青ざめた一条を振り返った。


「行こう……圭介が待ってる」


 三人は視線を交わすと、意を決して胎蔵の間のさらに奥――胎主の巣が広がる母胎室へと歩を進めた。

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