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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第四章:奥へ、奥へ。

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第51話:胎蔵の間への道行き_3


 ギィィィ……ゴゴゴゴ……ゴゴゴゴ……


 重い扉が開かれると、湿った空気とともに、まるで胎内を思わせるぬるりとした水っぽい熱気が吹きつけた。

 ここまで来たのだ、もう前へ進むしかない。圭介のためにも、悠里のためにも、修平のためにも。三人はゆっくりと、だが確実に、その足を胎蔵の間の内部へと滑らせていった。


「ここが……胎蔵の間なの……?」


 美咲が蒼白な顔で呟く。彼女の隣で、一条が喉を鳴らした。


「……まるで、生き物の内臓の中にいるようだな……」


 内部はまさに生物そのものだった。

 天井から垂れ下がる蔦は脈打つ血管のように規則的に収縮し、壁には胎児のような影が幾つも埋め込まれて蠢いている。足元の床は肉塊めいており、湿り気と弾力のある表面が、踏むたびにぐちゅ……ぐちゅ……と嫌な感触を返した。


 そのとき――


「……涼……」


 どこからか、弱々しい呼び声が響いた。

 声の方向へ目を向けた涼は、言葉を失った。


 ――そこにいたのは、変わり果てた姿の圭介だった。


 男性を残虐に嬲り捨てた巣喰い蜘蛛の腹に、あのときの男性と同じように張り付けられるように固定され、彼の全身には黒い管が突き刺さっていた。

 半ば異形と同化しつつあったが、瞳だけは微かに人間としての意思を宿していた。

 ……折角儀式から、別の黒い管や液体から助け出したのに、圭介はまた囚われていた。まるで「この男に救いはない」とでも言うかのように。


「……だ……めだ……来るな……」


 掠れた声が震える。

 涼は思わず一歩踏み出したが、すぐに巣喰い蜘蛛が唸り声を上げ、八本の脚を広げた。その巨体は壁一面を覆い尽くし、圭介の奥に見える、腹部の半透明の膜の中では、無数の小型蜘蛛が蠢いている。

 美咲が顔を引きつらせ、震える声を漏らした。


「圭介さん……そんな……」

「……圭介……!」


 その声は、背後から聞こえた。

 驚いて振り返ると、そこには悠里が立っていた。髪は乱れ、目は赤く充血し、これまでの冷静さが失われていた。

 彼女は、圭介と一緒にあの間に残ったはずだった。だが、今別々に姿を現し、どちらも普通ではなくなっている。


「悠里ちゃん!? どうして……!」


 一条が驚きの声をあげたが、悠里は振り返らない。


「圭介……助ける……こっ、今度こそ! 絶対に……助けるんだ……!」


 彼女は涼の制止も聞かず、胎蔵の間の奥へと駆けだした。


「バカッ! 悠里、止まれ!」


 涼が叫ぶが、悠里はまるで聞こえないように巣喰い蜘蛛へ近づく。


 ヒィィィィィィ――ヒィィィィィィ――


 巣喰い蜘蛛が咆哮し、粘つく糸を周囲へ吐き出した。


「悠里、避けろ!」


 涼が叫ぶが、間に合わない。

 悠里は腕に糸を絡め取られ、そのまま宙づりにされてしまう。


「やめろっ!」


 涼は鉄パイプを構え、巣喰い蜘蛛の脚に向かって突進した。


 ガッ! ガキィン!!


 硬質な脚に弾かれ、涼は転がる。辺りから子蜘蛛がわらわらと寄ってたかり、両は必死に鉄パイプで子蜘蛛を蹴散らそうとしていた。一体一体確実に仕留めているものの、数の多さに先が見えない。

 一条が美咲を庇いながら後退しつつ、声を上げた。


「涼君! もう君一人でどうにかできる相手じゃない! このままじゃあ、全滅してしまう!」

「でもやるしかないだろ……じゃなきゃ、圭介も悠里も……!」

「や、めろ……やめろ……やめろおおおおおお!!」


 圭介が絶叫した。

 その叫びに呼応するように、彼の身体に刺さる黒い管が震えた。子蜘蛛も引き、隙間ができる。一瞬だけ、圭介は自分の身体を動かす自由を取り戻した。


「涼……今だ……俺を攻撃しろ……!」

「ふざけるな! そんなことできるわけが――」

「いいからやれ! 俺はもう……どうせ死ぬんだよ……!」

「でも!」

「早くしろ! この状態で……生きていられるわけがないだろ!」


 圭介の声は苦悶に満ちていたが、同時に確固たる決意があった。


「悠里……泣くなよ……お前に泣かれたら、俺、カッコ悪いだろ……」


 悠里の血走った目から、大粒の涙がこぼれる。


「涼……頼む……このままじゃ、こいつが……お前たちを……!」


 圭介は突き刺さる黒い管を、自分の力で引きちぎろうとした。そのたびに肉が裂け、血が飛び散る。巣喰い蜘蛛が苦痛に悶え、八本の脚を暴れさせた。


「おおおおおおおおお!!」


 圭介は雄叫びを上げ、最後の力で巣喰い蜘蛛の腹部に自分の身体を叩きつけた。


 ブシュウウゥゥゥゥ!!


 半透明の膜が破裂し、無数の小型蜘蛛が四散する。


「圭介!! やめろ!! 死ぬ気かよ!!」


 涼の叫びが響く。


「……死ぬ気だよ……涼……言っただろ……? 殺すなら、ここで殺せ、って。完全に、取り込まれる前に……」


 巣喰い蜘蛛が苦悶の咆哮を上げ、圭介の体を引き裂こうとする。

 だが圭介は自ら体を食い込ませ、巣喰い蜘蛛の中枢に噛みつくように押し込んだ。


「さよならだ……みんな……」


 次の瞬間、巣喰い蜘蛛の腹部が激しく膨れ上がり、内部から破裂音が響いた。


 ドゴォォォォン――!!


 血と粘液が飛び散り、巣喰い蜘蛛が断末魔の悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 涼たちは肉片の雨の中で息を切らし、ただその場に立ち尽くした。


「圭介……さん」


 美咲が呟く。

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