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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第四章:奥へ、奥へ。

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第49話:胎蔵の間への道行き_1


 古城の奥へと続く通路は、まるで生き物の内臓を思わせるほど湿り、どこか脈打つような感触があった。涼が踏みしめる床は石造りのはずなのに、足元から微かにぬめりが伝わる。壁に触れると、温かい……まるで人肌のようだ。

 進めば進むほど、ここが建物の中であることを忘れてしまいそうなほど、生き物の息遣いが聞こえる気がしてしまう。


「……ここ、本当に建物だっていうのか。はぁ……驚かされる」


 一条が、いつもは冷静な声を僅かに震わせた。

 美咲は顔を強張らせながら、手にしたライトを照らす。光が壁をなぞるたび、そこに刻まれた無数の手形が浮かび上がった。

 それは古い血で染まったものであり、今もじわりと滲むように濡れている。


「きっと、胎蔵の間が近いんだ」


 涼が口を開いた。


「そうだと思う。伝承で胎蔵って呼ばれる空間は、人が造ったものじゃない。古い儀式で、生きた肉と死んだ胎児を混ぜて作ったと書かれていたんだ」

「そんな話が?」

「あぁ。呼んでいて、あまり気分のいいものではなかったよ」


 その言葉に、涼も美咲も息を呑んだ。

 不気味な静寂を破ったのは、微かな「カサ……カサカサ」という音だった。


「な、何の音でしょうか」


 微かな音に反応し、美咲が問う。ピタリと足を止め、それ以上進むのを躊躇っている。


「なんだろう……こんなところにまで、風の音が入り込んでくるとは考えにくい。……となると」

「『何かがいる』ってことなんだろうな」


 警戒した涼が、美咲を後ろに下がらせる。一条と目配せし、自分はゆっくりと前に進んだ。


「……うん?」


 通路の先、黒い穴のような空間から、無数の脚のようなものが這い出してくる。

 最初は一本、二本だったそれが、やがて壁一面を覆うほど増え、闇そのものが蠢く塊となった。


「な、何だあれは……!」


 一条が後退る。


 ――黒い甲殻に覆われた巨大な蜘蛛。その腹部は異様に膨れ上がり、半透明の皮膚の奥で何かが蠢いているのが透けて見えた。

 それは卵ではない――人間のよう……な指が、内側から必死に壁をひっかくように動いていた。


「人の、顔……?」

「えっ、や、やだ……」

「……まさか……巣喰い蜘蛛か」


 一条が青ざめた顔で呟く。


「あの中身は……あの中身は、間違いなく人間だ。しかも、まだ生きてるとか」


 蜘蛛の口器がゆっくりと開き、中からは無数の糸が吐き出された。それらは粘着質に光り、まるで生きた蛇のようにうねりながら、床を這う。


 美咲が悲鳴を上げる前に、蜘蛛が大きく跳躍した。

 石壁を砕くほどの重量で着地した瞬間、地面が大きく揺れ、粉塵が舞い上がる。


「下がるんだ!!」


 涼が美咲の肩を引き、すんでのところで蜘蛛の脚が振り下ろされるのを避けた。

 脚が叩きつけられた床は、一瞬でクレーターのように陥没する。辺りには割れた床の破片が舞い、砂埃が視界を覆う。


 ――そのときだった。


「……た、す、け……」

「なんてことだ。本当に、生きてる」


 一条が目を見開く。


 蜘蛛の背に、黒い鎖のような管で縫い止められるようにして、人がいた。声からして男性だ。

 その片目はまだ人間の光を宿しているが、もう片方は黒く濁り、蜘蛛の体表と同じ異形の紋様が浮かんでいる。


「たっ、頼む、頼む……」


 男性は、蜘蛛に取り込まれかけている身体を無理やり制御しながら、低く呻くように言った。


「ついて、来て、この、後に……」

「ついて、いく?」


 涼が疑問を口にした。男性は今にも死にそうな見た目だったが、意外にも意識はしっかりしているらしい。濁った眼に光はないが、力強さは感じられた。


「奥……お、く、この……何か、が……待って……」

「この奥は、胎蔵の間のはずだ。これも、そこへ向かっている……ってことなんだろう」

「圭介のいる場所……」

「いくしかなさそうだな、涼君」

「はい」


 不安そうに二人を見つめる美咲だったが、彼女も覚悟を決めたようにギュッと唇をかんだ。


「こ、っち、こっち、ここ……」


 男性は歪んだ脚を動かし、蜘蛛を引きずるようにして、地下へと続く崩れた通路へ飛び込んだ。

 蜘蛛の脚が石壁を引き裂き、男性自身も血を撒き散らしながら、暗闇の奥へと消えていく。



「……だ、だめ、だ! ままままだ、まだ……!」


 低くうめきながら、男性は自分の意思で脚を動かそうとした。だが、蜘蛛の意志がそれを上書きする。脚は蜘蛛の巨大な体と同調し、彼の望まぬ方向へ動く。


 ゴリッ……ゴリリ……!

 壁を這うたび、蜘蛛の脚が石を砕き、削り取られた破片が雨のように降り注ぐ。


 涼たち三人は、通路を注意深く除き込み、男性の後を追った。

 男性に、彼らが付いてきているのかどうか、確認する余裕はない。ただ前に進む男性を、三人はひたすら追いかけた。


「ぐ、うぅ、おおお……!!」


 男性は心の中で意味のある言葉を叫んだ。だが、声にはならない。喉から出たのは、異形の鳴き声に混じった嗚咽だけだった。

 蜘蛛の脚が突然、横の壁に叩きつけられた。そこには崩れかけた石造りの小部屋があり、中に隠れていた再開発作業員らしき男性が震えていた。


「た、助けてくれ……!」


 作業員の男性は、蜘蛛に絡めとられた男性を見て助けを求めた――人間の姿をした誰かに助けを求める、最後の希望として。


 しかし、次の瞬間、蜘蛛の脚が閃いた。

 男性が全力で止めようとしたが、これ以上身体が動かない。


 ズシャッ……!


 鈍い音とともに、作業員の胴体が壁に叩きつけられ、骨が砕ける音が響く。血飛沫が男性の顔に降りかかった。

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