第48話:恭一、最寄りの集落にて①
それ以上の問題は起こることなく、恭一と原田は最寄りの集落へと辿り着いた。出た時と何ら変わらない、静かで異様にねっとりとした空気が二人を迎える。
「やっと着きましたね」
「無事に着いてよかったわ」
ふぅ、と大きく息を吐いて、原田はタオルで汗を拭った。恭一も額の汗を拭き、息を整える。
「この後、どうしましょう? 休憩できる場所があればいいんですが」
「うーん、店はあの、ばーさんのところくらいやろなぁ。喫茶店みたいなんは、なかったような」
「ですよね……。僕も見た記憶がないので」
「困ったなぁ。戻ってきたものの……」
二人は辺りをキョロキョロと見回しながら、入れそうな建物を探す。
そっと内側から戸を開けられた家からは、人の視線を感じた。恭一は、知らない誰かと目が合うが、ピシャリと扉を閉められた。そこに何人いたのかも、性別も年齢もわからない。
敵意があるかはわからないが、何となく、気持ち悪さを感じていた。
「あかんわ、やっぱり店っぽいのはあらへん。あー、まぁしゃーないな、あのばーさんとこいこか」
「大丈夫ですかね? あんまり、歓迎されている感じはしなかったですけど……」
「他に行く場所もなさそやしなぁ。一応店やし、他人様の家に居座るよりはええと思うで」
「そうですよね。うん、うん。ちょっとお邪魔させてもらいましょう」
「決まりやな! さ、いこか」
恭一と原田は、一つだけある集落の店へ足を運んだ。神伏村へ向かう前に立ち寄った際、飲み物を買った店だ。店主らしき老婆が一人座っており、お世辞にも愛想がいいとは言えない。
あまり気乗りしなかったが、他に選択肢もない。仕方なく、再び扉を叩いた。
ガラガラガラッ。
「こ、こんにちは」
ちらり、と老婆が恭一のほうを見た。「いらっしゃいませ」も「こんにちは」も言うことなく、そのまま視線を逸らす。
一度目と変わらず、老婆はレジに座っていた。
「あー、すまんけど、ちょっとここに置いてくれんかな? いや、買い物はするし、迷惑はかけん」
「申し訳ないんですけど、仲間の帰りを待たせていただきたくて……」
そこでようやく、老婆が口を開いた。
「……仲間? 神伏村へいったんじゃなかったのかい?」
視線だけでなく、顔を恭一へ向けた。普通の反応のはずなのに、どこか不気味さがある。
「はい、あの、僕と彼は、連絡係として残ることになりまして。他はみんな神伏村へ向かいました。もうとっくに到着して、色々見て回ってると思うんですけど」
「せやな、ワシの連れと合流しとるかもしれん。留守番役になったもんでな、ちょっといさしてくれんかなぁ」
その話を聞いて、老婆は恭一と原田をじぃっと見つめた。何も言わない。ただ見つめるだけ。
「……日が落ちたら、戻ってこなくても帰りなさい」
滞在の許可。二人は顔を見合わせて笑った。
「ありがとうございます! 近くに何もないので、本当に助かります!」
「助かるわ、ありがとう!」
ほっと胸を撫で下ろし、恭一はリュックの中からお気に入りのクッキーを取り出した。簡単なラッピングのされた、お洒落な袋入りのクッキー。
「あの、これ、よかったら」
そのまま、老婆に渡そうとする。
「これくらいしか、お礼に渡せそうなものがなくて……。あ、あの写真は……」
老婆の背後の壁上部、梁の上に、写真が二枚飾られていることに気が付いた。
若い男性と、まだ幼さの残る少女。既に色褪せており、写真自体も古そうに見える。今からもう、何十年も経っていそうな古さだ。
「……夫と娘」
「え、あ」
『夫と娘』――ということは、この老婆の夫と娘なのだろう。写真に映る人物の年齢と写真の古さを考えると、恐らくかなり昔に撮られた写真だ。
よく見ると黒縁の額に入れられていた。――つまりは、そういうことなのだと恭一は理解した。原田もジッと写真を見ている。
「お供え、してもいいですか?」
「……何を藪から棒に」
「失礼だったらすみません! でも、このお店、二階が住居になってますよね? 一回はお店でも、結局は他人様のおうちにお邪魔してしまうので、よかったら、これ」
恭一はもう一袋クッキーを取り出した。
「美味しいんですよ! ご家族でどうぞ……って、無神経ですかね……」
そこまで言って、恭一は『しまった』という顔をした。自分としては百パーセント善意からの行為だったが、どう受け取られるかはわからない。
「ほな、ワシも」
原田はズボンのポケットから、小さな酒瓶を取り出した。
「ワシはあんまり飲まんのやけど。神様にでも会うたら、備えようと思ってて。代わりに、ご主人に」
未開封のお酒。キラキラと光っているのは、恐らく金粉だった。
「……二階の突き当り、引き戸の部屋。荷物を置いて、休むといい。それは、ありがたくもらっておくよ」
「よかった! あの、そこの奥においてもいいですか?」
「構わないよ」
写真の下には、棚が置いてあった。その上には、お供え物らしき花やお菓子が置いてある。
恭一と原田はクッキーと酒をそれぞれ置いた。
「……どうか、無事に帰れますように」
「何とか、守ってくれんかなぁ」
二人は各々呟くと、写真に向かって手を合わせる。老婆は、その姿をジッと見つめていた。




