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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

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第47話:囚われの身_7


 根を張るように広がった黒い管は、その魔の手を悠里へと伸ばした。彼女の視界にもそれは入っている。蠢く管は、ジリジリと彼女を囲み追い詰める。それなのに、彼女は遠くを見つめたままいまだにその場から動こうとしなかった。


「……ねーんねん、ころりよ、おころりよ……」

「悠里、さん……?」


 掠れた声で、子守唄を謡い出した悠里に、美咲は思わず声をかけた。この状態で子守唄を謡い出すなんて、正気の沙汰ではない。


「ぼうやは、よいこ、だ……ねんね、しな……」


 歌い続ける悠里を、苦い顔をした美咲が止めようとする。しかし、反対に一条に制されてしまった。


「待つんだ美咲ちゃん。あれは……」

「え、あ……管が…おとなしくなってる……?」


 先ほどまで蠢いていた黒い管の動きがゆっくりになり、圭介の元へ戻ろうとしている。それは、誰の目から見ても明らかだった。


「まさか……子守唄にそんな効果が?」

「で、でも! 悠里さんが危険なことには変わりません!」

「わかってる! でももし、あの歌を今止めたら! 悠里がどうなるか想像つくだろ!?」

「それは……」

「悠里ちゃんが歌うことに意味があるなら、止めることは難しい」

「でも!」

「私たちにも時間がないんだ」


 歌い続ける悠里は、いつの間にか涙を流していた。真っ赤な目に大粒の涙。まつ毛を避けて流れ落ちた涙は、頬を伝って下へと落ちる。


「……えて、さとーへ、いった」


 グズグズと鼻を鳴らしながらも、歌うことはやめない。圭介を抱えた身体を横へユラユラと揺らしながら、愚図る子どもをあやすように、眠れない子の瞼を閉じるように、彼女は歌う。


「さぁとの、みやーげ、に、なにーも、ろ、た」


 歌の音中、一度だけ目を瞑る。次に開いた時、その視線は涼たちへと向けられた。その視線は、まるで『子守唄が終わる前に、早くこの部屋から出なさい』と、そう訴えかけているようだった。


「……行こう。反対の扉までまっすぐ突っ切るんだ」

「え? でも悠里さんは!?」

「悠里本人が行けと言っている。それ以外選択肢はない!」

「その通りだ。行こう、美咲ちゃん」

「嫌です! 置いていくなんて!」

「ダメだ! っ、また、迎えにこれば良い!」

「悠里さん!」

「何もかもが無駄になるんだぞ!」

「うぅ……ごめんなさい」


 歌う悠里の傍らを、涼たちは全速力で走り抜けた。黒い管を踏みつけても、擦り切れた管から赤い血が漏れ出ても、気に留めることなくそのまま。

 そうしなければならなかった。そうするべきだと思った。

 彼らが反対側の出入口へ着くころ、悠里の子守歌は終わりを迎えようとしていた。


「……の、ふえ……」


 そこで歌詞が止む。歌の終わり。手で押し引けば動く扉を、一条と涼が目一杯閉じた。その先に、悠里と圭介の二人を残して。


 ガコン――


 元の位置に扉がはまる。中の音は、もう聞こえなかった。


「これ以上、何も起こらないと良いが……」


 一条の声が、少しだけ震えていた。無理もない。最年長の男性と言えど、考古学者として世間一般よりも不思議なことに触れる機会があり、話を聞いて体験してきたと言えど、今この場所で起こっていることは到底受け入れがたい出来事だ。

 とっくに発狂して逃げ出したとしても、誰もその人を責めないだろう。むしろ『人間らしい気持ちがある』と、安堵すらするかもしれない。


「何で、何にも聞こえないの……? 悠里さん、子守唄、終わっちゃいましたか……?」


 固く閉まった扉の前で、美咲がそう言って座り込む。目を閉じて一生懸命耳を澄ましても、彼女の耳には何も届かなかった。子守歌も、管の這う音も、悲鳴すら。


「【胎蔵の間】と、圭介は言っていた。だから、そこへ向かうべきだと思う。……運が良ければ、圭介も、悠里もきっとそこに」

「死んじゃってますよ? きっと、死んじゃってますよ、もう」

「……頼む美咲、そんなこと簡単に言わないでくれ」

「簡単に? 本当にそう思ってますか? 私が軽々しく考えてるって?」

「いや、いや。そうじゃ」

「簡単に言えるわけないじゃないですか! 仲間が……死んじゃうなんて……簡単に、言えるわけ、ないじゃないですか!! だって、だって……目の前であんなの……あんなのばっかり……」


 初めて、美咲が強く声をあげて泣いた。涼に向かって不安と怒りをぶつけた。恐怖に対するアラートが、ここでようやく作動したのだ。遅いのか早いのかはわからない。ただ『とっくに手遅れかもしれない』と、三人は現状に向けて絶望的な気持ちを投げた。


「ごめん、美咲。ごめん」

「うわぁぁぁぁぁ――!!」


 泣いたってどうにもならないことは、泣く前からわかっていた。それでも美咲は、本能のまま大きな声で泣いた。その泣き声が新たな異形を呼ぶかもしれないと一条は警戒したが、幸いにも何も寄ってこなかった。

 ひとしきり泣いて涙を拭くと、美咲はその目に光を宿していた。強い光。強がりの光。だが、今それが必要なことは、皆わかっていた。強がりでも進まなければならない。先がわからなくても、わからないなりに行くしかない。元へ戻る道は、自分たちで閉ざしてしまったのだから。

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