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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

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第46話:囚われの身_6


 その言葉を吐き出すと同時に、圭介の身体が大きく仰け反った。黒い脈動が一気に広がり、腕から背中へ、背中から首筋へと波打つ。細やかな血管の先まで伸び切ったそれは、まるで地面に根を張り終えた植物のように、彼と一体化していた。


「圭介っ!」


 悠里が叫び、強くその手を握る。しかし涼は、圭介の瞳が次第に変わっていくのを見逃さなかった。黒い膜が虹彩を覆い始め、瞳孔が不自然に収縮していく。そして圭介の身体が突如として震え、大きく跳ね上がった。筋肉が膨張し、背中からは細い管のようなものが隆起し、まるで【何か】に接続されるかのように脈打っていた。


「……が……あああああっ!」


 圭介が叫ぶと同時に、黒い血管が腕を這い、指先が異様に長く伸びる。反射的に放したが、悠里は慌てて圭介の手を握り直した。


「圭介! 大丈夫よ、あたしがいるから! あたしが――!」


 だが、涼は悠里を強く引き離そうと手を伸ばす。


「悠里、離れろ! 今の圭介は――」

「嫌よ! 圭介を離すなんて、絶対に!」


 その声は切羽詰まっていた。だが、それ以上に、圭介を『自分だけのもの』として抱え込もうとする執念すら見えた。涼が一瞬躊躇った隙に、圭介は再び涼へと視線を向けた。


「【胎主】を……止める方法は一つだ……母胎室に行け。そこで、奴の【核】を壊せ……。でも、それは――」


 突然、圭介の声が途切れた。黒い脈動が一気に首を覆い、瞳が黒い膜で完全に覆われた。


「……あ……あああ……オ、マエタチ……ドコヘ……行クツモリダ?」


 先ほどまでの圭介の声とは明らかに異なる、低く歪んだ声が発せられる。悠里が震えながらも圭介にしがみつく。


「圭介、やめて! 行かないで! 私よ、悠里よ!」


 圭介はその声に応えるように悠里へ視線を向けた。その一瞬、黒い瞳の奥にわずかに人間の光が戻ったように見えたが――次の瞬間、圭介の腕が異様に伸び、悠里の腰を絡め取った。


「きゃっ――!」


 悠里は引きずられるように床の上へ倒れ込む。涼がすぐさま引き剥がそうとしたが、圭介の腕は鋼鉄のように硬く、びくともしなかった。


「涼……殺せ……俺を……今のうちに……!」


 一瞬だけ圭介自身の声が戻ったようだった。しかし悠里は必死に首を振り、泣き叫ぶ。


「駄目! 駄目よ涼! 圭介はまだ戻れる! 絶対に戻せるのよ!」


 涼は圭介と悠里を交互に見た。圭介の身体は明らかに異形へと変貌しつつある。だが、圭介の瞳に一瞬だけ宿る人間らしさが、涼の決断を鈍らせた。


 圭介の黒い血管はその動きを首から顔面にまで広げて、皮膚が不自然に裂け始めた。裂け目からは粘液のような黒い液が滲み、まるで胎児の臍帯を思わせる管が脈打ちながら外へ伸びていく。


「……やめろ……やめろぉぉおおお……!」


 圭介が最後の抵抗を見せるかのように、腕を自ら押さえつけた。しかし黒い管はそれを無視するように動き、背中からさらに何本も這い出していった。


「圭介っ!」


 悠里が彼にすがりつく。その腕は震えていたが、決して離そうとしない。


「涼……俺は、もう、駄目だ……! お前、は……行け……あれを……止めろ……!」


 圭介は血走った瞳で涼を見つめ、かすれた声を絞り出す。しかし次の瞬間、圭介の顔が引きつり、黒い膜がまたその瞳を覆った。


「……行カセルワケガ……ナイダロ……」


 その声は圭介自身のものではなかった。――ままた聞こえてきた、低くて唸るような声。黒い管が地面を這い、壁や床に触れるたびに有機的な音を立てて広がっていく。それはまるで、胎主の意思が圭介を通じて外界へ侵食し始めたかのようだった。


「圭介……! お願い、思い出して……あたしと過ごした時間を、全部思い出して!」


 悠里が必死に叫ぶ。涼は一瞬、彼女を止めるべきか迷ったが、その叫びがかすかに圭介に届いたように見えた。膜が透け、黒い瞳が一瞬だけ揺らぎ、圭介の声が戻る。


「……悠里……泣くな……お前が……泣いてるの、見たく……ねぇよ……」


 悠里の目から大粒の涙が落ちた。


「だったら、戻ってきてよ! 圭介……お願いだから!」


 しかし、彼女の願いとは裏腹に、黒い管が彼の背から一気に隆起し、壁に叩きつけるように伸びた。涼は悠里を引き剥がそうと手を伸ばしたが、悠里は圭介を抱きしめたまま動こうとしない。


「嫌よ……! たとえ人間じゃなくても、あたしは圭介を離さない……!」


 その瞬間、圭介の瞳から完全に人間らしい光が消えた。黒い管が一斉に脈動し、圭介の声が低く変質する。


「……ナラバ……オ前モ……喰ッテヤル……コノ男ト一緒ダ」

「圭介!」


 悠里が絶叫した。その声は悲鳴ではなく、どこか陶酔した響きを帯びていた。――彼女は、圭介を失いたくないあまり、異形に取り込まれることさえ恐れていなかった。己の死よりも、圭介を失うほうが怖かった。


 涼が駆け寄り、二人を引き剥がそうとした瞬間、圭介は最後の理性を振り絞るように自分の動きを止めた。


「……涼……! 次、を……まず、は胎蔵の間だ……俺、を……止められる、なら、そこで……殺せ……!!」


 その言葉を最後に、圭介は完全に胎主の支配下へ落ちた。黒い管が一気に広がり、壁や天井へ這い回る。

 悠里はその光景を見つめたまま、ぼんやりと呟いた。


「……圭介は、あたしを選んでくれた……一緒に、いるって言った……」


 その表情は涙で濡れているにもかかわらず、どこか恍惚としていた。彼女の精神は、圭介への執着ゆえに、胎主の呪縛へとゆっくり引きずり込まれていった。

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