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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

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第45話:囚われの身_5


 こんな場所に、圭介を置いていくわけにはいかない。しかし、異形へと変化しかけていた満身創痍の彼を、ここから遠くへも連れて行けない。一条と涼が相談した結果、圭介は一旦部屋の隅で安静にさせ、一条が部屋の出口を守り、涼が少し先の様子を見に行くことで決まった。美咲は圭介の隣で、彼の変化を注意深く見ている。


 涼は血泣き人形が消えていった先へ向かおうと、重い息を吐き出した時だった。


 タタタタタ――


 奥の通路から、乱れた呼吸とともに駆け寄る足音が響いた。


「っ…あぁ!! ……りょう……涼!! 無事だったのね!」

「なっ……ま、まさか、悠里、なのか……?」

「そう、私よ! よかった、よかった……!」


 半ば転がるように現れたのは、間違いなく悠里だった。だが、長い髪は血と埃にまみれ、いつも冷静な彼女とはまるで別人のように目を血走らせていた。ギョロギョロと赤い目を左右に動かして、当たりの様子を窺っている、そして、涼の奥に見える部屋の隅に圭介の姿を見つけ、涼が彼女の安否について確認するよりも先に駆け寄った。


「……圭介っ! 返事してよ、圭介!!」


 泣きそうな声で肩を揺さぶる。圭介は、半ば意識を失っているようだったが、かすかに瞼を震わせた。


「あっ、あの、悠里さん、無事だったんですね……?」


 悠里が見つかって嬉しい反面、今の彼女の異常さに美咲は戸惑っていた。まるで自分等存在していないかのように、その目は圭介しか捉えていない。そんな美咲の気持ちを知ろうともせず、悠里は圭介の手を握り、必死に呼びかけ続けた。


 まずはちゃんとした合流を――と思い、部屋の中へ戻ってきた涼もその異様さに気づき、眉をひそめた。


「悠里……そのまま触るな。圭介は――まだ安全じゃない」


「そんなことない! 圭介は大丈夫よ、だって、ちゃんと私のことがわかるんだから!」


 悠里は首を振り、強い口調で言い返した。涼は一瞬、何かを言おうとしたが、悠里の必死な表情に押され、言葉を飲み込んだ。


 周囲のざわめきに、圭介が一度ゆっくりと瞬きする。


「涼……お、俺、やっぱり、ダメ、かも……」

「圭介!?」

「服……し、た……胸、が……」

「胸がどうかしたのか!? 苦しいのか!?」


 圭介の言葉に、涼は服を胸元までめくった。


「そ、そんな……」


 美咲が泣きそうな声で呟いた。


 ――圭介の胸は、皮膚が透けて彼の心臓と血管が見えていた。しかも、心臓と周囲の欠陥は黒ずんでおり、身体の末端へ向けて本来の欠陥の色をしていた。ドクドクと脈打つ心臓の音は頼りなく、今にもその動きを止めてしまいそうだ。


 圭介は浅い呼吸の合間に、弱々しい声を絞り出した。


「……涼……聞け……俺……まだ、少しだけ、自分で考えられる……」


 涼は即座にしゃがみ込み、圭介の顔を覗き込んだ。


「圭介、話せるか? 今、何が起きてる? お前の身体に――」


「……俺は、もうすぐ……アイツに、繋がる……【胎主】は、全部を……見てるんだ」


 その声は震え、圭介自身が恐怖を感じているのが伝わった。悠里は顔を青ざめさせ、しかし、彼女は圭介の手を離さない。


「でも……まだ、話せる、うち、に、伝えなきゃ……【胎主】の、核心が……」


 涼が続きを促そうとしたその瞬間、圭介の身体がビクリと痙攣した。黒い脈動が腕を這い上がり、指先が不自然に歪む。悠里が「やめて、圭介!」と悲鳴を上げた。

 圭介の痙攣は、まるで何かが体内で蠢き、操ろうとしているかのようだった。黒い筋が首筋まで這い上がり、皮膚の下で生き物のように動く。


「ぐ、うぅぅ……抑え、ら、れな……でも……聞け、りょ、う……」


 圭介は歪む顎を無理に動かし、涼を見据えた。その瞳だけは、まだ圭介自身のものだった。


「【胎主】は……神伏村の因習だけじゃない……元は……人が造ったんだ……。でも……人が手放した瞬間、奴は【神】になった……」

「造った……? あぁ、研究施設のことか! 胎主の信仰から、人工的なそれを造ろうと……」


 涼の問いに、圭介はかすかに頷く。


「……あぁ……。俺を……ここへ連れてきた異形も……胎主を護るための……道具だった。けど……奴自身が【人の意志】を喰い、因習と融合して……神伏村そのものが……捕食のための檻になったんだ……」


 涼は唾を飲み込む。圭介の言葉は断片的だが、確かに核心を突いていた。胎主を造るために残った残骸が、その胎主を守るために人を襲う。人を取り込むために、村そのものが檻となり、何人も逃さない。人への復讐のために。

 ――一方で、悠里は圭介の腕を強く握りしめ、泣きそうな声を上げる。


「もういい! 圭介、喋らなくていいわ! あなたはあたしが助けるの! 【胎主】なんて関係ない、今は生きることだけ考えて!」


 その声は震えていたが、どこかで圭介を【人】として見ていない響きがあった。圭介を『助けたい』のではなく『取り戻したい』という執念に近い何か。

 悠里が叫んだ瞬間、圭介が再び涼を見据えた。その瞳に、かすかな安堵の色が宿る。


「……いいんだ、悠里……。お前がここにいてくれるだけで……十分だ……。だから……最後まで聞け、涼……俺が……完全に喰われる前に……」


 圭介は震える唇を動かし、かすれた声で続けた。


「【胎主】は……古城の最奥……更に下……【胎蔵の間】の奥、の【母胎室】にいる……。奴は、失敗作も因習も……全部【子】として取り込んでる……。俺も、その一つになる……」

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