表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/56

第42話:囚われの身_2


「おとなしくしていたら、襲い掛かってこない可能性がある……?」

「そういうことだ。……ただ、これまでに出会った異形は、大体がこちらに対して敵意を抱いていた。静かにしているくらいで、襲われないとは限らない。……だが、完全に有効な手段がない今、ここから先は隠密行動が最優先だ。大きな音を立てちゃあいけない。できるだけ、気配も殺して移動するんだ。私も頑張るから。……いいね?」

「……わかりました」

「がっ、頑張り、ます」


 二人は頷いた。


 それから三人は、慎重に南棟の通路を進んだ。天井からは時折、黒ずんだ液体が滴り落ち、床に腐敗した匂いが充満している。吐き出しても、逃げ出しても、叫んでもおかしくないこの状況。だが、できるだけ平常心を装い、その異常な中を彼らは歩いた。本当は、今にも叫びながら走り出したい気持ちでいっぱいだった。早く恭介を助けたい。早く胎主をどうにかしてしまいたい。早く無事に帰りたい。グチャグチャになった気持ちに押しつぶされそうになりながら、それでも三人は圭介を求めて静かに進む。


 見つけた階段を下りた通路の左右には、古い鉄格子の隔離室が並んでいた。その中には、既に絶命した異形や、干からびた人間の死体が横たわっている。からからに乾いた血と体液の跡、引っ掻いてついただろう格子の傷と血、共食いでもしたのか、折り重なって倒れる身体の欠けた異形の死骸。

 一条はその光景を見て、ここで行われていた研究の悲惨さを改めて痛感していた。この鉄格子の中の死骸や遺体の数は、床の面積に比べたら圧倒的に多く見える。つまりは、もし、生きた状態で異形や人間がこの中に詰め込まれていたとしたら。その凄惨さに目を覆いたくなるほどだった。


「ここに……こんなにも……そんな……そんな……」


 美咲が思わず顔を覆った。


「目を逸らすな、美咲」


 涼が冷たい言葉を放つ。


「これは、あの胎主を生み出した人間たちの罪だ。俺たちはその結末を目に焼き付ける必要がある。こんなこと、何度も繰り返しちゃいけないんだ。……美咲は、母親のことも、この村のことも……自分のことも気になったからここへついてきたんだろ? ……それなら、しっかりと見るべきだ。母親や自分が辿ったかもしれない末路を。巻き込まれたかもしれない風習の残酷さを」

「……わかってます。わかってます! でも……こんな……」


 彼女は震える声で答えたが、気丈にも視線は外さなかった。


「普通じゃないのはわかってる。美咲に強いることも。でも、ここで終わらせなかったら、世界がどこまで飲み込まれるかもわからないんだ」

「……そんなの、わかってますよ……」


 涼は前を見据えたまま、心の中で圭介の名を繰り返していた。『待ってろ、圭介……絶対に助ける』と、声に出せない分強くそう、何度も、何度も。


 ――すると突然、一条が手を上げて止まった。


「……どうしました?」


 涼が小声で問う。


「……聞こえるか?」


 一条が耳を澄ませるように指を立てた。


 三人が静かになると、ズズズ……ズズ……と何かが這うような音が遠くから近づいてくるのがわかった。


「異形、でしょうか……?」


 美咲が息を呑む。一条は地面に這う黒い影を指差した。


「あれを見ろ」


 通路の奥、闇の中から、赤い光点が二つ、ジッ――とこちらを見つめていた。


「だめだ涼君、構えるんじゃない」


 一条が囁くように言った。


「え?」


 涼が驚く。


「最初に言ったはずだ、大人しくしていろ、と。武器を構えた時の擦れる音や動きで、向こうは襲いかかってくる可能性がある。それに、これまでのことを考えると、異形は敵意にも敏感なはずだ。ここは攻撃態勢をとらずに、ゆっくり、背を向けずにそのまま後退しよう。……勿論、極力物音は立てないように」


 涼と美咲は一条の言葉に従い、少しずつ後退する。異形は、石と肉が混ざり合った小型の【実験体の残骸】のような姿をしていたが、なんとなく、動きは素早そうに見えた。


「一条さん、どうするつもりですか?」


 涼が囁く。


 一条はゆっくりと懐から小さな小さな袋を取り出した。


「これは、あの赤い石のように、村の近くの祠に置いてあったものだ。中身が何かわからなかったんだが。北条さんのノートを見て使い道がわかった。どうやら【祓いはらいこう】というらしい。完全な呪術ではないが、異形にとって嫌悪する匂いがするとある。今使ってみよう」


 一条が袋の中にあった香を折り、床に落とした瞬間、淡い煙が立ち上った。異形は煙を嗅ぐと、身をよじらせるようにして通路の奥へと逃げていった。


「すごい……!」

「こういうものは、信用してみることも大事なんだ。民俗学者を舐めるなよ……って、言ってみたかったんだよね」


 涼のキラキラした眼差しに、一条が笑った。


 簡単に異形を退けて更に進むと、錆びついた巨大な鉄の扉が現れた。扉には、複雑そうな呪符が剥がれかけた状態で貼られている。


「あぁ――ここだ……供物の間」

「じゃあここに、圭介がいるんですね……」


 息を飲み、涼が扉に手をかけようとしたが、それを一条が制した。


「待て、罠があるかもしれない」


 一条は扉を調べ、古い呪符を慎重に剥がした。


「……よし、もう呪術は生きていない。ただし、中に何が待っているかは別だ。当然ながら、圭介君じゃない可能性もあるし、圭介君とともに異形が一緒にいる可能性もある」

「それでも行くしかないですよ」


 涼が強く言い、扉を押し開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ