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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

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第40話:石棺の守り手_4


 「まさか……異形に捕まった、のか……?」

「!? ダメだ! 待ちなさい、涼君!」


 声の元へ向かおうとする涼を、一条が腕を掴んで強引に止める。


「それは本当に圭介か? 囚われた人間の声を模倣する異形もいるんだ!」

「でも……圭介が生きてるなら、助けないわけにはいかない!」

「涼さん、冷静になってください!」


 美咲が必死に叫ぶ。


「罠かもしれない……!」

「……わかってる。でも――」


 涼は声を震わせた。


「もし本当に圭介が生きてるなら、俺は絶対に見捨てない!」


 彼らは決断を迫られていた。このまま圭介を助けに行くか、それとも今は古城の探索を優先するか――。

 だが、選択をする前に――ズズズッ……ズズズズズ……と床下から異音が響いた。壁が揺れ、ひび割れから黒い液体が滲み出す。


「なんだ……まさかまた来るって言うのか……!」


 一条が鉄の棒を構える。


「どうしよう……圭介さんの声も……もう聞こえない……」


 美咲が不安そうに呟いた。


 ズズズズズ……ズズズズズッ……


 床下から響く低い振動は次第に大きくなり、壁に埋め込まれた小さなレリーフが一斉に震え始めた。その震動に合わせて、重く湿った空気が古城の通路を満たしていく。


「まずい……これはまた守り手が動き出すぞ」

「……上等だ、今度こそ絶対に倒してやる!!」

「だが気を付けるんだ、今の揺れは明らかに異常だ。きっと守り手は、完全に制御を失っている」

「榊原さんも女性ももういないんだ、遠慮する必要なんかないでしょう?」


 ……ゴゴゴゴ……ガガガガ……ッ!


 壁の一部が崩れ、赤黒い液体をまとった巨大な腕が突き破ってきた。


「来たぞ!」


 一条が叫ぶ。


 現れたのは先ほど消えていった石棺の守り手――だったが、その一部に――榊原の顔が、苦悶の表情のまま石化した胸部に――埋め込まれていた。


「そんな……榊原さん……!?」


 美咲があまりの姿にその場へヘナヘナと座り込んだ。


「……やめろ、見ちゃダメだ! 見るんじゃない!」


 涼が美咲の肩を掴んだが、彼自身もその顔を直視せずにはいられなかった。


「……な、あ……」


 榊原の口がわずかに動いたが、その声は守り手の咆哮にかき消された。


「榊原さん……まだ意識が……!」

「いけない涼君! 榊原さんはもう戻れない!」


 一条が叫ぶ。


「奴は完全に守り手と一体化してる! もう殺すしかない!」


「でも……!」


 涼の手が震えた。


「躊躇すれば全員死ぬ! ――私がやる!」


 一条が声を荒げた。その声とともに守り手が動き出す。巨大な腕を振り下ろし、床を砕きながら涼たちに迫った。


「二人とも下がりなさい!」


 一条は二人が目へ出ないように牽制すると、自らが前に立った。


 ドガァァン――!


 床が砕け、破片が飛び散る。一条は咄嗟に横へ転がり直撃を避けたが、破片が腕をかすめ血が滲んだ。その勢いに思わずよろめく。


「一条さん!」


 美咲が叫ぶ。


「大丈夫だ、まだ動ける!」


 一条は立ち上がり、鉄の棒を構えた。


「出来れば見るな! この先どうなるか!」

「どうして!?」


 一条の言葉に、涼が問うた。――この戦いは、榊原さんのためにも見届けなければいけない気がする――そう思ったからだ。


「……私は今から、この守り手の弱点を狙う!」

「それくらいなら別に!」

「そうです! 私も……」

「……弱点は、榊原さんの顔だ」


 それが何を意味するのかを理解して、涼と美咲は唇を噛み締めながら目を伏せた。


 ガガガガガ……ズルズル……ズズズッ……ガラガラガラ……


 砕けた破片を引きずりながら、少しずつ狙いを定めるように守り手が距離を詰める。ジリジリと迫られながらも、一条は真っ直ぐと鉄の棒を構えた。


 一条自身で、できれば榊原の顔を見たくなかった。虚ろな目に、もう自分たちが映っていないのはわかっている。それでも、僅かな時間とは言えついさっきまで一緒に行動していた人への敬意を、踏み躙るような真似はしたくなかった。

 北条のノートを読んでわかっている。ああなった守り手は、取り込まれた人間と、その周囲の柔らかくなった石が弱点だということに。


「すまない榊原さん……許してくれ……!」


 一条は全力で跳び上がり、鉄の棒を榊原の顔へ振り下ろした。


 ズチッ――


 鉄の棒は肉と石を裂き、黒い液体が飛び散った。手に伝う感覚は、驚くほど柔らかく、そして呆気なかった。


「ぐ……うう……」


 榊原のひしゃけた口がわずかに動いた。苦痛とも安堵ともつかぬ声が漏れる。


「……ありが、と、みん……」


 その声が最後だった。榊原の顔は崩れ、守り手全体が激しく痙攣した後、ガシャァァァン……と、大きな音を立てて崩れ落ちた。そして、すぐに静寂が訪れる。一条は崩れ落ちた守り手の残骸の前に立ち尽くし、血に濡れた鉄の棒を握りしめていた。


「……榊原さん……」


 美咲が涙を流す。


「これで……よかったのか? あの女性といい、これで……」


 涼がやりきれない声で呟く。


「……そう思わなければ、私だってとてもじゃないけれどやりきれないよ。……私たちは、異形に手をかけた。それはすなわち……そういうこと、なんだ」

「俺はもう……もう、誰も死なせたくない……」


 涼の本音が漏れる。ただの人間なのだ。異様な空間に放り出されただけの。


 三人がそれぞれ、目に涙を浮かべているその時――


「涼……たすけて……」


 再び、あの声が響いた。


「圭介……!」


 涼が顔を上げた。


「今度は近い……」


 一条が顔をしかめた。


「急がないと……次は圭介がああなるかもしれない……!」


 涼が決意を込めた目で通路を見据えた。

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