第4話:神伏村への道_1
村への移動手段は修平の車だ。幸い、荷物も積めるし六人乗れる。トランクを開け全員分の荷物を詰め込むと、各自自分の座席へと座った。
まだ空は朝靄に包まれ、街全体がぼんやりと白んでいた。空気は冷たく湿っており、ありがたいことに出発と同時に雨は止んだが、濡れたアスファルトからは微かな水蒸気が上がっている。
「……行くぞ」
決意を瞳に、涼が短く言った。
美咲はその声に小さく頷いたが、緊張からかシートベルトを締める手に力が入り過ぎていた。修平がそんな彼女に気付き、運転席で苦笑した。
「なぁ美咲、肩に力入り過ぎ。リラックスしないと、途中でバテるぞ。まだ大学の敷地内からも出てないんだから」
「は、はい……わかってます。なんかちょっと、手が滑っちゃって……上手くはめられなくて……」
彼女がそう言ってが少しぎこちなく笑うと、圭介が元気よく肩を叩いた。
「大丈夫だって! お化けだか何だか知らないけど、俺が一発ぶん殴ってやるからさ! 俺がいたら、きっと何にも起きないよ! 起きたって相手がビックリして逃げてくって!」
「圭介、お前のそういう発言がフラグになるんだって……」
修平は呆れた声を出したが、そのやり取りに少し緊張がほぐれる。
「ルートは決まってるわね? 昨日送った地図、見てくれた?」
悠里がタブレットを取り出し、地図を表示する。
「この道を車で二時間半。その後は林道を徒歩で四十分よ」
「大丈夫。ここにくるまでにナビに入れておいたから。もうバッチリ」
「良かった」
「……ねぇ、村に着くまでは撮影する?」
恭一が聞いた。
「どうしようかしら。取り敢えず、最寄りに小さな集落があるはずだから、そこから撮影をお願いしてもいいかしら?」
「うん、わかった」
「悪い修平、いつも運転してもらって」
「いいってこと。俺は部室の中よりも、外で輝くタイプだからね」
「それは助かる」
「だろ?」
「あぁ。じゃあ、行こうか」
涼の声を合図に、車は出発した。
修平が運転席に座り、涼が助手席、美咲・悠里・圭介、恭一の四人は、それぞれ真ん中と後部座席に並んでいる。
「で、お前らさぁ、何でこんな危ないことに首突っ込むんだ?」
首をかしげながら圭介が言う。
「お前も来てるじゃないか」
涼が淡々と返した。
「俺は……お前が行くって言うからだよ。放っとけないだろ? ……それに、単純に楽しいし。あんまり、お化けと課の類は信じてないけどさぁ。面白いんだよな、みんなで一緒にあーだこーだすんのが。……っておれ、部員じゃないけど」
圭介は肩をすくめた。
「私は単純に、そういう土地に興味があるのよね」
悠里が冷静に言った。
「気持ちの悪い噂の立つ禁忌の村の跡なんて、今時そうそう残ってないわ。それに、今巷で人気の因習村だって、物語になるほどのものがどれほど残ってるかわからないでしょ? 地図から抹消されてるなら、むしろ学術的にも価値があるし。見つけたら偉業どころじゃないわよ」
「俺は好奇心かな。圭介みたく、涼が心配な部分もあるけど。現地に行く人数は多いほうが良いでしょ。何かあった時のためにも……なんてね」
不穏な言葉を口走りながら、修平が笑った。
「僕はやっぱり興味かな。子どものころから、こういう話は好きだったしね。自分でも資料をまとめて、いつか集大成として本でも出せたら良いなと思うよ。……家族はあんまり内容を理解はしてないけど、僕のすることは応援してくれてるし。でも『危険なことだけはするな』って言われてるけどさ。……危険がつきものな場所だから、そういう話があるのにね」
恭一は小さく溜息を吐いた。家族の思いと、今から行く場所のことを考えて。
「つーか、俺らが初めてじゃないんだろ? 行方不明って言っても、だいたいは大げさな噂だって」
修平のその言葉に、美咲は小さく声をあげた。
「で、でも……本当に帰ってこれなかった人たちが、いるんですよね? 新聞に載るくらいなんですから」
車内に一瞬沈黙が落ちた。涼が視線を前に向けたまま、静かに言った。
「いる。目新しい新聞に載ってるだけじゃない。十年以上前、取材に行った記者が二人、戻っていない」
その事実に美咲がわずかに顔を強張らせる。
「だ、大丈夫だって! 今回は俺たち全員がちゃんと記録してるし、引き返すタイミングさえ間違えなけりゃ問題ないさ! それに、人数も六人、それぞれ得意なことがあるんだから、血から会わせていけば何にも起こらないって!」
圭介が慌てて笑った。
――車が郊外へ出ると、景色は徐々に変わっていった。最初は住宅街だった道路沿いも、やがて畑や林が増え、空気がひんやりと湿り始める。道の両脇には苔むした石垣が現れ、古い木造家屋がポツリポツリと見え始めた。狭くて舗装のされていない道は砂煙を巻き上げ、時々ガタガタと車体を揺らしながらその先を教えている。
ナビ通りに進んでいるし、悠里が事前に調べた道のりや周囲の景色とも合致しているのに、どこか何とも言えない奇妙さがあった。
「なんかさ、急に時代が昔へ戻ったみたいだよな」
修平が呟いた。
美咲は窓の外を見つめながら、とある光景にハッと息を飲んだ。いつの間にか進んだ景色は、木々の間に古びた地蔵が立ち並び、異様な空気をまとっていた。地蔵の顔には布が巻かれている。その巻かれた赤い布が風に揺れるたび、まるで誰かがこちらを見て手を振っているようだった。
「ねぇ……あれ、何ですか?」
美咲が恐る恐る指さす。ずっと先までズラッと並べられた地蔵は、軒並み同じように赤い布で顔が覆い隠されていた。
「えっ、やだ、何アレ……」
そう言って、悠里がタブレットを見た。