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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

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第39話:石棺の守り手_3


 どうしようもない絶望と虚無感の中、関係ないと言わんばかりに守り手の仮面が赤く光り、ひび割れた装甲の奥で、不気味な笑い声のような音が響いた。榊原は――何かの糧となるべく、その身を囚われてしまった。


「……榊原さん……くそっ!! くそっ!!」


 涼が斧を握り締め、歯を食いしばる。


「涼君、落ち着くんだ!」


 一条が声を上げる。


「今は倒すことだけを考えろ!」

「わかってる……絶対に倒す!!」


 榊原の犠牲は、空気を一変させた。石棺が閉じた瞬間、部屋を包む沈黙は、まるで石造りの古城全体が彼の死を飲み込んだように重くのしかかる。

 ――そして、石棺の守り手を倒す決意を下したばかりの涼の目の前で、肝心のその守り手が、サラサラと消えてしまった。


「……は?」


 あまりにも突然のことに、涼は素っ頓狂な声を上げた。あれだけ威圧的で大きさも重さもある異形が、一瞬で目の前から消えてしまうなんて。とても信じられない。だが、間違いなくそれは跡形もなく消えていて、この部屋に残されたのは涼たち三人と、石棺だけだった。


「榊原さん……」


 美咲は顔を覆い、震える声を漏らす。瞳には涙が溜まり、唇は強く噛まれていた。


「泣くな、美咲……榊原さんの最後の言葉を思い出せ。あの女性を助けるって……約束したんだ」


 涼は、奥歯を強く噛みしめながら立ち上がった。一条は険しい表情で周囲を見渡している。


「榊原さんの囚われた石棺は糧になる人間を集めているはずだ。おそらく同じような棺が、まだどこかにある」

「じゃあ、もしかしたらその中に……」

「あぁ、榊原さんの言う役場の女性が閉じ込められている可能性が高い」


 確信があるのか、一条は力強く頷いた。


「行こう……」

「そうだな。一刻も早く見つけないと、手遅れになってしまう。まだ女性を助けられるなら、早くいこう」


 三人は、守りてのいなくなった部屋を後にした。血のような臭いが漂う通路を急ぎ進むと、床には何かを引きずった跡が見えた。赤黒い液体が不規則に散り、時折、指先が引っかいたような爪痕が床に刻まれている。今までのことを踏まえれば、これは間違いなく人間のものだった。


「これ……誰かが……生きたまま連れて行かれた……」


 美咲が青ざめた顔で呟く。


「間違いない。跡は比較的新しい」

「何日も経っているような跡ではなさそうですね」

「引っ掻く元気があるなら……まだ助けられる」


 通路の先に、また一つ重い鉄扉があった。その扉には、奇妙な紋様が彫られており、周囲には乾いた血痕が広がっている。


「この中か……」


 涼が呟く。


「油断はしちゃいけないよ」


 一条が声を潜めた。頷き涼はゆっくりと扉を押し開けた。ギィィィ……という軋む音とともに、冷たい空気が一気に流れ込む。


 ――部屋の中央に、それはいた。鎖に繋がれた女性が、うずくまっていた。髪は乱れ、顔は青白く、全身が冷たい汗に濡れている。しかし、彼女の背中は異様に膨らみ、皮膚の下で何かが蠢くのが見えた。


「……役場の女性……?」


 美咲が小声で言う。


「誰……?」


 女性がかすれた声で顔を上げた。瞳は濁りかけているが、その奥に確かな理性がまだ残っていた。


「榊原さんが、アナタのことを心配して! 助けてほしいって言っていたんです!」


 涼の言葉に「そう」と一言呟いて、女性は弱々しく笑った。そしてすぐにその笑みが引きつり、彼女の背中が激しく痙攣する。


「ううっ……!」


 彼女の口から、呻き声とも獣の唸りともつかぬ声が漏れた。皮膚が裂け、背中から黒い鱗のような突起が現れ始める。


「まずい、変異が始まってる!」


 一条が叫ぶ。


「お……ねが、い……」


 女性が涼を見つめた。


「もう……ダメ、も、戻れない……わ、たし、あんな……あ、ば、化け物……に、なりたくな、い……」

「そんなこと言わないでください! まだ助けられるかもしれない!」


 涼が必死に叫ぶ。しかし、女性は首を横に振った。


「……無理……だって、わか、る。……お、願い、楽、に、っ、して……」

「そんな……どうして……やだ、嫌だよ……」

「くそっ……! 折角見つけたのに!!」


 涼は斧を強く握り、女性を見つめた。その目は、恐怖ではなく、わずかな希望を求めてい縋っているようだった。


「わかった……絶対、楽にする」


 涼はゆっくりと近づいた。


「ありが、と……」


 女性が安堵した笑みを浮かべた瞬間――。


 彼女の背中が裂け、黒い触手が飛び出した。だが、涼は迷わなかった。


「ごめんなさい……!」


 涼が斧を一閃させ、女性の首を叩き切った。

 ――一瞬、部屋が静まり返る。黒い触手は力なく垂れ、女性の体は鎖の中で動かなくなった。


「……涼君、大丈夫か?」


 一条が低い声で問う。


「大丈夫なわけ、ないだろ……」


 涼は震える手で斧を拭った。


「でも、これしかなかった……」


 美咲は涙を拭い、女性の顔に布をかけた。


「彼女、きっと感謝してる……」

「……感謝なんてされなくていい」


 涼が低く呟く。


「こんなこと……二度としたくない」


 ――その時、部屋の奥から小さな声がした。


「……りょう……りょう……」

「――え?」


 美咲が顔を上げた。


「涼……たすけて……」

「この声……圭介!?」


 涼が振り返る。


「まさかそんな、圭介君……だと!?」


 一条が驚いた声を上げる。


 確かに、その声は涼の友人――圭介のものに聞こえた。しかし、その声は壁の向こう、厚い石造りの通路の先から微かに響いていた。


「涼……ここだ……たすけて……」

「圭介……どうしてこんなところに!?」


 涼の瞳が揺れる。圭介は、村の近くの集会所にいるはずだ。それなのに、どうしてこんなところに。そんな疑問の中、ゾッとするほどの不安が涼を襲った。

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