第38話:石棺の守り手_2
涼たちは榊原の後に続き、石造りの螺旋階段を降りていった。途中、壁には奇妙なレリーフが彫られていた。人が棺に押し込められ、周囲で何かを祈る巫女のような姿――おそらく、村の因習が古城と結びついていたことを示すものだ。レリーフは一つだけではなく、描かれた絵を変えていくつもはめ込まれている。
「これ……神伏村の因習と関係してるのでしょうか?」
美咲が小声で呟く。
「あぁ。ここは元々【封じの城】だったようだな」
一条が答える。
「この村はよくできてる。なんでこんな城を造ったんだと思っていたが……。村人たちはこの城を利用して、様々な儀式を行ったらしい。主に、胎主を信仰し、その力によって悪しきを封じる。この城自体が、呪いを封じ込める箱のような役割をしているんだ。……だが、同時に研究者たちはこの【封じ】の仕組みを実験に使った」
その言葉が終わる前に、榊原が足を止めた。目の前には、巨大な石扉が立ちはだかっていた。扉には鎖が巻き付けられ、その中央には奇妙な【目】のような意匠が刻まれている。
「ここだ……あの女が囚われてるのは、この先だ」
榊原が鉄パイプを強く握りしめた。
そして、涼が扉に手をかけようとした瞬間――。
ズズ……ズズズ……ズルルルル……ガリ、ガリガリガリガリ……ズズ……ズズズ……ズルルルル……ガリ、ガリガリガリガリ……
扉の奥から、重くて硬いモノが引きずられるような音が聞こえた。次の瞬間、扉が一人でに震え、巻かれていた鎖が解けていく。
「開くぞ……!」
榊原が身構える。ゆっくりと扉が開くと、そこには――巨大な石棺が鎮座していた。レリーフにあった、棺のような。……しかしそれだけではない。棺を覆うようにして、今までとはまた違う異形の怪物が膝をついていた。
「……な、何、あれ……」
美咲が青ざめる。
――その異形は、まるで石像が動き出したかのようだった。体表は石のように硬質で、ひび割れた装甲が全身を覆い、腕は異様に長く、先端は鎌状に変形している。頭部には顔の代わりに石の仮面が埋め込まれ、そこには古い文字が刻まれていた。
「【石棺の守り手】だそうだ。……北条さん、こりゃあまたすごいノートを残してくれたな」
一条が笑いながら引きつった声を出す。
「胎主を守るためだけに造られた護衛異形だ。……つまりは、私たちの目的まではそう遠くないということだな」
「なんだこりゃ!? チッ……くそっ……!」
榊原が一歩踏み出す。
「女を助けるには、コイツを倒すしかねぇってことだな!」
守り手が、ゆっくりと顔をこちらに向けた。仮面の目の部分が赤く光り、ギギギギ……と石の軋む音を立てながら立ち上がる。
「構えろ、来るぞ!!」
涼が鉈を構えた瞬間、守り手が驚異的な速度で飛びかかってきた。
「うおおおおおっ!」
榊原が先に突進し、鉄パイプを振り下ろす。しかし、守り手は腕の鎌で容易くそれを受け止め、次の瞬間には榊原を壁に叩きつけた。
「ぐああっ――」
榊原が苦痛の声を上げる。
「榊原さん!!」
美咲が叫ぶが、守り手はそのまま榊原に鎌を振り下ろそうとした。
「させるかよっ!!」
涼が横から飛び込み、守り手の腕に鉈を叩きつけた。しかし、刃は硬質な装甲に弾かれ、火花が散る。
「硬すぎる……! 守り手の名は伊達じゃないな……」
涼が歯を食いしばる。
「関節だ、関節を狙え! 人形の時と同じだ!」
一条が指示を飛ばす。
「装甲の継ぎ目が弱点だ! 外すんだ!」
涼が一歩踏み込み、守り手の膝関節に鉈を突き立てる。ガギィィィンッ!! と甲高い音が響き、わずかに装甲がひび割れた。
「よし、効いてる!」
涼が叫ぶが、守り手は怯むどころか、逆に怒り狂ったように涼を鎌で薙ぎ払った。
「ぐっ……!」
涼が転がり、壁に背を打ちつける。
「涼さん!」
美咲が駆け寄ろうとするが、一条が彼女を引き止める。
「行くんじゃない! 今度は君が狙われる!」
その隙に榊原が再び立ち上がり、守り手の背後に回り込む。
「おおおおあぁぁぁぁぁぁ――!!」
彼は全身の力を込めて鉄パイプを振り下ろし、守り手の背中の継ぎ目に叩きつけた。
ガギィィィッ――!!
守り手の装甲が大きくひび割れ、赤黒い液体が噴き出す。
「あはは! やった、やった! 効いたぞ!! 今だ! 止めを!!」
「わかってる!」
涼がすかさず飛び込み、鉈を守り手の膝関節に深く突き刺した。守り手が大きく体勢を崩す。だが、その時――守り手が突然、榊原の腕を掴んだ。
「なっ……!」
榊原が目を見開く。
「榊原さん!?」
美咲が叫ぶ。守り手はひび割れた膝を引きずりながらも、榊原を持ち上げると、背中の石棺へと叩きつけた。
「ぐっ――ああああああ――」
「離せえええっ!!」
榊原が必死にもがくが、守り手の背中の石棺が突然開き、内部から粘性の液体が溢れ出した。それはゆっくりと、榊原の身体を包んでいく。
「やめろおおおお!」
涼が駆け寄るが、守り手は他の腕で涼を突き飛ばす。榊原の身体は粘液によって次第に石棺に引きずり込まれ、そのまま半分溶けるように飲み込まれていった。
「いやあああああああっ!!」
美咲の絶叫が響く中、榊原は苦悶の表情で涼を見た。
「た、ぁ……たっ、頼む……役場、の……あの女を! たす……助けてやってくれ……! お、れ、より! だ!」
「榊原さん!!」
涼が必死に手を伸ばすが、その手は届くことなく、石棺が完全に閉じられた。




