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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

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第35話:元研究員の悔恨_2


 ――しかし、靴の音とともに暗闇の向こうから現れたのは、意外にも人間の姿だった。やせ細った白髪の老人男性が、両手で古びたノートを抱えてゆっくりとこちらに歩いてくる。


「あなたは……?」


 美咲が声をかける。

 老人はしばらく無言のままこちらを見つめていたが、やがて耳に張りつくような声を発した。


「……私は、北条だ。かつて、この施設で行われた研究に携わっていた」

「なっ……研究員……!?」


 涼が思わず声を上げる。

 ――なぜ、研究員がこんな場所にいるのか。とっくにこの施設は閉鎖されたはずだ。それに、千賀タエもそうだったが、まさかまだ生きているなんて。この村の風習や実験に関する人間たちは、とっくに滅んだはずなのに。


「お前たちは【胎主】について調べに来たのだろう? この村で起こる異変を止めるためか? それとも、負の連鎖を断ち切るためか? ……だが、どちらにせよもう遅いかもしれん」


 北条の目には、深い後悔と恐怖が入り混じっていた。


「遅い……?」


 美咲が不安そうに尋ねる。


「あの子は、すでに目覚めかけている。目覚めれば、この村だけじゃ済まない。世界そのものが……」

「世界って、どういうことですか?」


 一条は食い気味に言葉を放った。


「そのままの意味だよ。――せめて、これが神への謝罪になるならば、私は喜んで答えよう」


 それぞれの呼吸音が聞こえる。今か今かと、北条が口を開くのを待った。


「私たちは、この地に信仰される神を人工的に作り出そうとした。そのために人体実験を繰り返し、多くの人間を犠牲にして異形の死骸を積み上げた。まともな人間は消えて、狂った人間が残った。当り前だ。どんな物理兵器よりも、呪いで敵を葬れたら、その地を破壊できたら、これ以上強いものはない。防ぐことも解除することもできないからな。胎主には、その可能性があった。実際、この村の胎主信仰の中で、確かな豊かさと平和があった。……贄にされる人たちを除いてはな」


 一条たちは、黙ってその話を聞いていた。呪いをバカにすることも、進行を無碍にすることもなく、ただジッと耳を傾けていた。


「しかし――そんな非人道的なことが、本物の神に許されることなんてなかったんだ。その怒りに触れたのか、それとも見放されたのか。――一つ、できたんだ。胎主が。しかしそれは、あまりにも人間に近くて、研究員の心が分断された。だからこそ、失敗作扱いで破棄された。担当した研究員とともに」

「それは……殺されたということですか?」


 涼が疑問をぶつける。


「そういうことだ。それを引き継いで、より強いと思われる個体ができあがった。だが、やはり……人間に近いということは、それだけ周囲を狂わせる力があった。また破棄された。その後も研究は続けられたが、思うような成果はもう得られなかった。あれだけの人間を犠牲にして、都合のいいように使い捨てて、残ったのは研究の残骸と呪われた可哀想な胎主だけ」

「それって、どういう意味、ですか?」


 美咲が不安そうな顔をして呟いた。


「胎主はいる。この城の地下に。その名の通り、アレはまだ赤ん坊なんだ。……ずっと、母親を待っている。自分と接してくれた研究員のような、認めてくれる相手を。見つかるまで、永遠に呪いをまき散らしながら、その相手を探すだろう。その泣き声は呪いで、救いを求める声なんだ。私には、どうすることもできない。泣き止ませることも、その息の根ごと止めることも。――あの時は、あの時は辛うじて眠らせることができた。だがもう今は――」


 そこまで言って、北条は震える手でノートを差し出した。


「だが、この中に全てが書かれている。胎主がどうやって生まれ、なぜこうなったのか。実験の結果何が生まれたのか」


 涼がノートを見つめた。


「俺たちに一体どうしろと?」

「ここまで来られたんだ。……君たちには、あの子を止める資格がある。だが、それは――」


 突然、ギシッ……ギシッ……と天井の軋む音がした。北条の顔が恐怖で引きつる。


「来たか……! 出来損ないの人形め……!!」


 北条が叫ぶ。


「上に【血泣き人形】がいる!」


 ギシッ……ギシィ……


 天井の梁がゆっくりと軋む音が、石造りの廊下全体に響いた。古城の冷たい空気が急に淀み、まるで何か巨大な生き物が目を覚ましたかのような圧迫感が辺りを支配する。


「来る……!」


 北条の顔が青ざめ、震える手で壁にすがる。


「血泣き人形が……この場所に集まるもの全てを、喰い尽くす……!」

「血泣き……人形って、な、何?」


 美咲が恐怖に声を震わせた。


「……失敗作だよ」


 北条が引きつった顔をしている。


「研究の過程で、死んだ実験体を繋ぎ合わせて作られた……動く死体の集合体だ。生きたいという願いと、死にたくないという怨嗟だけで、無理やり動かされている……」

「そんな……そんなこと……」


 涼は顔を歪め、美咲は思わず二の腕を握り締めた。一条は想定範囲内の出来事なのか、比較的落ち着いた顔をしている。


「ヤツらは人間を求めている。人間を食らえば、元に戻れると思ってるんだ。自分たちが、こんな姿になる前の」


 その説明が終わるより早く、天井が破れて――ドサァ……ドサリ――と、大きな音を立てて黒ずんだ何かが落ちてきた。

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