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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第三章:古城の亡霊

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第34話:元研究員の悔恨_1


 朝靄が重たく垂れ込め、森全体を灰色に染めていた。風はなく、ただ湿り気だけが空気を満たしている。靴が土を踏むたびに、濡れた土がぐしゅりと音を立て、そのたびに美咲の肩が小さく震えた。


「……もうすぐ、古城の入口が見えるはずだ」


 涼が短く言う。握りしめた斧の柄には、じっとりと汗が滲んでいた。自分が緊張している証拠だとわかっているのに、手の力を抜くことができない。


「ここを抜けた先……」


 一条は小声で呟いた。


「あの忌まわしい研究が行われた場所だ。その本にも、ここを『神の裁きが降りた地』と書いてあった」


 その言葉に、美咲が顔を上げる。彼女の目は恐怖よりも、どこか強い決意の色を帯びていた。


「裁き、だなんて。そんなの、自業自得です……」


 彼女の見せる苦々しい表情に、涼は無言で頷く。頭の中では、千賀が祈祷婆にについて語り、廃屋を出て行った時の後ろ姿が何度もフラッシュバックしていた。


 森を抜けると、突然視界が開けた。そこには、想像以上に巨大な古城がそびえ立っていた。石造りの壁は半ば崩れ、ところどころに黒く焦げた跡が残り、何百年も放置されてきたかのような不気味さを放っている。とても、人が住めるような状態ではない。……それなのに、ここには明らかに『何かがいる』気配が漂っていた。


「……これが、古城の研究室……」


 美咲がポツリと言葉を吐いた。その声は靄に吸い込まれ、すぐに消えていった。吐き出された意味などないように。


「元々は城だったが、後に研究施設として改造された。俺が調べた限り、人体実験が最も多く行われたのは地下区画らしい。……しかし、何でこんな古城を作ったんだろうな。村の景観にはそぐわないし、管理も大変だろうに」


 一条の声は冷たく、どこか自嘲気味ですらあった。


「地下……」


 美咲の表情が強張る。


「【胎主】は、そこに……?」

「おそらくな。だが――」


 一条が言いかけた時、風もないのに周囲の木々が微かに揺れた。涼はとっさに斧を構える。


「誰かいるのか……?」


 しかし、すぐに動きは止まり、森は再び静寂に包まれる。


「気のせいじゃない」


 一条は眉をひそめた。


「この森には、まだ何かがいる。因習が生んだ異形か、研究で作られたものか……どちらにせよ、この感じじゃあ歓迎されていないだろうな」

「一条さんもそう思いますか?」


 涼も感じていた。この不穏な空気を。ようやく抜け出したと思った先の、誰かの怨念を。


「こんな空気じゃあな。思わないほうが無理だ」

「です、よね」

「さぁ、このまま突っ立っていても何も変わらない。この空気の主を探しに行こうじゃあないか」


 そう言って、一条はゆっくりと足を勧めた。

 辿り着いた古城の入り口は、すでに大半が朽ちていた。大きな門は片側が倒れ、格子状の鉄は赤茶けた錆に覆われている。崩れた壁が細い木をなぎ倒し、下敷きにしてその成長を妨げている。いくつもある瓦礫を乗り越えると、不意に鼻をつく強烈な腐臭が漂ってきた。


「……このニオイ……血と、何かが腐ったニオイ……」


 美咲が鼻を押さえる。


「城の劣化と同じだけ過去に死んでいたら、こんなニオイはしないはずだ。……ということは、ここで誰かが死んだばかりなんだ。誰か、じゃなく、何か、のほうが多少は気が楽かもしれないな」


 一条が険しい顔をする。その横で、涼は必死に周囲の気配を感じ取ろうとしていたが、得体の知れない不安に襲われるだけで気持ち悪くなる。諦めて城の外観を眺めていた。

 それから涼は一歩前へと進み、内部を見回した。薄暗い石造りの通路が奥へと続いており、壁には古い落書きや奇妙な傷跡が無数に残されていた。泣き顔をした子どもの落書き、胎児のように丸まった人影、意味不明の文字や記号の羅列――それらは誰かが恐怖に駆られて残したもののように見える。


「これ……普通の落書きじゃないですよね」


 美咲が不安そうに言う。


「ここに閉じ込められていた実験体たちか……あるいは狂った研究員たちが、残した痕跡だろうな。意味のないものを残したりはしない。あれだけ執着してたんだ」


 一条は壁をそっと触れようとして、すぐに手を引っ込めた。


「いや、触るべきじゃないな。二人も無闇に触ったりしないように。ただの落書きに見えても、これらの一部には、儀式の一環として呪術的な鍵が刻まれている可能性がある。何がそれを動かすためのトリガーになるかわからない。だから、下手に刺激すると――」

「反応する……とか?」


 美咲がゴクリと唾を飲む。


「ああ、その可能性は高い。何が起こるかわからないな。こういう場所は、過去に刻まれた呪いがまだ生きているんだ。下手したら、新しい呪いが勝手に生まれる。――どう考えたって、この世では望まれていなさそうだからな。それに、失った命の数が多過ぎる。そんな血生臭い場所にあるものは、全て疑ってかかったほうが身のためだ」


 涼は斧を構え直した。


「なら、余計に急がないと……」

「そうだな、急いで地下に」


 ――その時、コツ……コツ……と乾いた足音が奥の闇から響いてきた。思いがけない音に全員が身構える。


「来たぞ……」


 涼の背筋を冷たいものが這い上がる。


 コツ、コツ。コツ、コツ。コツ、コツ。コツ、コツ。

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