第33話:恭一、神伏村近く②
――ゆっくりと集落へ向けて歩いている恭一と原田。どことなく、その足取りは行きよりも重い。
「……へー、恭一君らは、みんなそういう話が好きなんやなぁ」
「はい。都市伝説、民話、伝承。どれも深く知りたくなるというか、つい調べたくなるというか。小さいころからそういう話が好きなんですよ。周りからは、ちょっと変わった子って思われていたみたいですけど。大学だと気にしなくて良いから。結構楽しいですよ」
「ワシも仕事柄よく聞くけども、まぁぶつかるからなぁ、たまぁに、すんごいのに」
相変わらず、カッカッカッと豪快に笑う。しかし、その目は笑っていなかった。
「例えば、神伏村、とか?」
「そうそう! ここはなかなかのもんだて。ワシ一人やったら、絶対に行かなんだなぁ。ゆうても、ビビりやもんで。ハッハッハッ」
「僕もめちゃくちゃ怖かったから、正直どこかホッとしちゃって……。連絡係、ていのいいお荷物バイバイかもしれないですけどね」
恭一は伏目がちにそう言った。特段自分に誇れるものはない。だからこそ、張り切って神伏村の秘密を探ろうとしていたが、結局今、こうなっている。
「いやー、ちゃんとやってくれる、って思っとるからやろ?」
「そうですかね?」
「だって、逃げ出す奴には任せられんぞ? 自分たちの行方がかかっとるんや、一人だけ帰られたら敵わん」
これは原田の気遣いであり、本心だった。彼を一人集落へ帰した都市伝説研究会の判断は、正しいと思っている。真面目そうで人の話を聞ける彼を、連絡係として置いていくのは悪くない。そして、神伏村について調べてきたからこそ、異変が起こった時にすぐ知らせにいける。
「まっ、おっちゃんとちょっと、集落ついたら休憩しようや。ワシも息子がおってなぁ。一人暮らしして全然帰ってこんけど、たまには歳の近い子と話したくもなるんやて」
「僕でよければ! あの、色々原田さんが聞く、伝承とか民話の話をお聞きしても……?」
「勿論勿論! 次のネタとして持ってきや!」
「ありがとうございます! やっぱり、身近な話から集めに行くので、段々とネタが尽きて来ちゃうんですよね。休日なら、こうやって足を運べるから、もっと色んな地域の話を集めておきたいなと」
「研究熱心で関心関心!」
そんな話をしながら、きた道を戻る二人。――なのだが、原田が異変に気付いた。
「……なんやあのお地蔵さん」
「……あれ? 行きにあんなのありましたっけ?」
二人の目に入ったのは、道の両側にずらっと並ぶ地蔵群だった。
「あっちの集落に来る手前にはあったよなぁ、確か、赤い布巻いた」
「それは見ました! 顔辺りに布を巻いていたのですよね? でも、ここには何もなかったような……?」
どこも欠けていない地蔵たち。しかし、その身につけられた布は黒だった。
「――あぁ、こりゃあかんな。いいか恭一君。地蔵は視界の端に捉えるだけ。真っ直ぐ胸張って前向いて歩き」
「はっ、はい」
原田の話にグッと唾を飲み込むと、恭一は胸を張って歩き始めた。
「大丈夫や、ゆっくり呼吸して。隣にはワシがおるでな、あの集落へ戻ることだけ考えとき」
静かにそう言う原田に頷き、恭一は前へ進むことと集落のことだけ考えて脚を動かす。
――どこまでこの地蔵群が続くんだろう――そう考えたかったが、恭一はなんとか堪えた。ここは原田の言うことを聞くべきだと、本能がそう告げている。
整然と並ぶ地蔵群は、まるで恭一と原田を出迎えるようにそこにあった。が、おそらくそんな優しいものではないと、恭一は手に汗を握りながらひたすら前に進む。
「――よし、ええよもう、恭一君」
原田の声に、ハッと気がつくと、まだ遠くだが集落が見えた。
「頑張ったなぁ、えらいえらい」
小さな子どもを褒めるように、原田は恭一の頭をポンポンと叩く。
「あ……集落……? よ、良かった! あの、あれは一体、何だったんですか?」
「『お迎え』よ、お迎え。気にしたらいかんヤツ。あんなの急に出てきたら、そりゃ気になるけどなぁ」
怖い思いをしたはずなのに、原田の声には一切の不安がないように聞こえた。
「嫌われてはいなさそうやな。ま、気に入られても困るんやけど。ええか、これからも、ああいうのが出てくるかもしれん。そん時は、気にしたらあかんで。自分は無になるんや。なーんにもない、何も知らん」
「じゃないと……?」
「連れてかれる。引きずられる。多分、空気でわかるからな、たまーにいいヤツもおるから、そういうのは心ん中で手合わせとき。『守ってください、お願いします』ゆうてな。そしたら、あっちも悪い気はせんて」
恭一はゴクリと息を呑んで、彼の言葉に何度も頷く。
今まで都市伝説研究会で、いくつか噂のある場所へ出かけた。しかし、こんな思いをしたのは初めてだ。異様な雰囲気の場所はあったが、実際目に見えたことはない。
――どこか『現実には何も起こらない』と、そう思い込んでいたのかもしれない。もしくは、本能的に危険な場所を避けていた。
今回は、今までよりも惹かれるものがあった。それがどういう意味なのかはわからない。
「ワシがおる間は、手出しはさせへんからな、安心せぇ」
「あ、ありがとうございます。……原田さん、何者……?」
「ワシ? いやぁ、ただのタクシーの運ちゃんやて」
バシバシと恭一の背中を叩き、大きな声で笑う原田は、この嫌な空気も一掃してしまいそうな、そんな雰囲気があった。
――明るくて、強い――
「着いたら、少し休憩しましょうね」
「せやなぁ。ちょっと歩き疲れたな、運動不足にゃ辛い辛い」
得体の知れない不安のなくなった恭一は、頼れる原田とともに集落を目指した。




