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第3話:都市伝説研究会の夜_3


 気を紛らわせるかのように、涼は神伏村に関する資料を全て机の上に広げた。明日持って行く分は既に別でまとめてある。遠慮なく広げた机の上には新聞記事、ネットで印刷した匿名掲示板の書き込み、自分たちの考察と他に調べている人のブログ記事、そして古びた村落史のコピーが広げられている。

 村落史のページの端はすり切れ、古文書を思わせる文字が並び、それだけで暗号めいた謎を彷彿とさせた。


「『神伏村はかつて外界と交わらぬ禁忌の村であり、神に近しい子を捧げる因習が続いた』……か」


 涼は低く呟き、ページをめくる指を止めた。その文章は、まるで村が古くから何かを隠し、そしてそれを崇めてきたかのような書きぶりだった。


 手元の別の資料に目を走らせる。


【再開発に関わった作業員、謎の事故死】――


 記事にはこう書かれていた。


「クレーンが突然暴走し、ベテランの作業員が押しつぶされた事故。地盤調査中に地面が崩落し、技術者が埋まったまま行方不明になった事件。いずれも原因不明。だが、作業に関わった者の多くが『いつも何かに見られている気がした』と証言していた」


 記事はそれだけではない。


「過去にも、行方不明や原因不明の事故が多発。多くの村人が消えたものの、閉鎖的な環境で理想の協力を得られずに捜査打ち切り」

「遊び半分で再開発地域に無断で立ち入った配信者、謎の言葉を最後に消息を絶つ。残されたカメラを回収したところ、映像に不審な影と生き物を発見。しかしこれ以上解析できず」


 ――まるで、村そのものが意思を持って人間を拒んでいるかのようだ。


「ほぼ進まぬ状況で開発中止。一帯を立ち入り禁止に。近くの集落も過疎化が進行。残された村人は『神伏村のために』『どうかご慈悲を』と、今でも現地で祈る姿が見られる」


 残された神伏村は、得体のしれない恐怖を涼に与えていた。


「一体、どういうことなんだ――?」


 彼は資料の束を閉じ、ふと机の端に置かれた一枚の写真に視線を落とした。それは、まだ再開発着手前の、数年前に撮影された神伏村の入口らしき場所を写したものだ。錆びついた鳥居が傾き、その奥には飲まれそうなほど暗い森が広がっている。写真全体がどこか歪んで見えるのは、撮影時の光の加減のせいか、それとも――。


「……」


 涼は写真を見つめたまま、長く息を吐いた。自分でも理由は説明できない。ただ、そこに行かねばならないという確信だけが胸を満たしていた。


 ――帰宅後。

 それぞれのメンバーは調査のための準備を進めていた。


 修平は自室でリュックサックを開き、懐中電灯と携帯食料を詰め込む。


「ったく……俺は何やってんだか」


 そうぼやきながらも、彼は手を止めなかった。涼に巻き込まれる形であっても、見捨てる気にはなれなかった。


 悠里は自室の机に広げたノートパソコンの画面を見つめ、地図データを解析していた。


「神伏村……古地図と現在の衛星写真じゃ、地形が微妙に違う。これ、人工的に変えられてるってことよね?」


 眉をひそめながら、彼女は村へ続く最短ルートを割り出していく。


 恭一は防水ケースにカメラを収め、レンズを一つずつ丁寧に磨いていた。


「……壊さないようにしないと」


 その手つきには職人のような集中があった。彼にとって記録することは、興味本位で得る恐怖よりも重要だった。


 美咲は、自室の机で震える手を押さえながら荷造りをしていた。


 小さなポーチには救急セットと折りたたみ傘、そして古いお守りが入っている。


「怖い……でも、逃げたくない」


 彼女はお守りを強く握りしめ、目を閉じた。サークルメンバーと一緒にいるなら、きっと大丈夫だと信じたかった。


 圭介はスポーツバッグにロープと防寒具を詰め、玄関先で大きく伸びをした。


「お化けだろうが何だろうが、ぶん殴ればいいだろ」


 豪快に笑いながらも、彼は涼たちを守る気でいた。


 ――その日深夜、都市伝説同好会のチャットで、それぞれの準備を確認し合った。


「機材、異常ないよ」


 恭一が報告する。


「地図のルートは三本用意したわ。最悪の場合、緊急脱出用の経路もある」


 悠里が地図を送る。


「食料も懐中電灯も足りてる」


 修平はリュックの中身を撮影した。


「救急セットもあります」


 美咲が可愛らしいスタンプを添えた。


「よし。出発は明日の朝一だ」


 涼は壁に貼られた神伏村の地図を見上げ、強く頷いた。その黒い瞳には、迷いなどひと欠片もなかった。


 眠れなかった涼は、フラフラしながら自室の机に向かい、ノートを開いた。ペンを握りしめ、しばし考え込む。


 ――なぜ、ここまで突き動かされるんだろう。

 ――ただの都市伝説じゃない、何かがそこにある気がする。

 ――この胸のざわつきは、まるで「行け」と誰かに呼ばれているようだ。


 窓の外では雨が強くなり、雷鳴が遠くで響いた。その音を聞きながら、涼はペンを置き、『なんとか眠れますように』と、ただ静かに目を閉じた。


 ――翌朝。

 まだ太陽が昇りきらない時間、大学の正門前に五人が集まった。それぞれ厚手の上着を着込み、リュックを背負っている。


「よし、行くか」


 涼の一言に、全員が無言で頷いた。


 小雨に濡れる舗道を踏みしめ、六人は歩き出す。


 これから向かう先が、どれほど恐ろしい場所かも知らずに――。

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