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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第二章:因習の森

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第29話:贖罪の夜_4


 千賀が森へと消えていったその夜、空は月を隠したまま深い闇を落としていた。湿った風が吹き抜け、森の奥からは獣とも人ともつかぬ低い唸りが聞こえる。廃屋に残った涼たちは、寝るどころではなく、焚き火を囲んで張り詰めた空気の中にいた。

 一条がふと口を開く。


「……今、外で誰かが動いている音がしなかったか?」


 その声に、美咲は肩をビクリと震わせた。千賀でさえイレギュラーな存在だったのに、まだ他にもいるだなんて思いたくない。なぜならそれが、異形なのか人間なのかわからないから。


「作業員たちかもしれない」


 涼が立ち上がる。


「一条さん、再々開発の調査で、別の調査隊と作業員も来てるって言ってましたよね?」

「あぁ。私はあれだけの人数で移動するのは苦手でね。一緒に行動するのは遠慮させてもらったんだ。それに私の場合、彼らとは違う観点で気になるものが多過ぎてね。確か、私より後にここへ来る予定だったが……」


 再開発の作業員三人が、夕方から神伏村の調査に入っていた。一条曰く、手前の集落から一番近い、大きな町の役場関係者の若い職員・岡村も同行しているらしい。千賀に言われた手前、外へ簡単に出ることもできず、かといって千賀を追いかけるわけにもいかず、涼たちは外を気にしながらも待機するしかなかった。


 その時――


 ズズ……ズズ……ズズ……ズズ……ズズ……ズズ……ズズ……ズズ……


 湿った何かが土を引きずる音が、廃屋の外から聞こえてきた。涼は美咲に合図し、ゆっくりと扉を開ける。夜の闇は濃く、ランプの光が届く範囲は狭い。


「岡村さん、ですか?」


 涼が声を潜めて呼ぶ。――が、返事はない。ただ、闇の奥で何かが――ズルリ――と動いた。一条が圭介の素を離れ、そっとランプを持ち上げた瞬間――それは光に照らされた。


 ――木と人が融合したような異形。全身を覆う苔と湿った樹皮、その間から半ば腐りかけた人間の腕が何本も生えている。長い根が地面を這い、引きずられるたびにズズ……ズズ……と湿った音が響く。それはかつて人だったものの顔をいくつもまとい、苦痛にゆがんだ表情のまま、空洞の目で涼たちを見つめていた。


「あれ……岡村さんじゃないですか!?」


 美咲が声をあげる。根の間から、役場の制服らしき服を着た男の身体が絡め取られていた。まだ生きているらしく、目だけがこちらを助けを求めるよう必死に動いている。


「う、あ、あ……や、めろ……やめろ! 来るな! お、俺っ……俺、は、まだ……!」


 岡村の声は苦しげに途切れ、荒く息をしながら何とか逃げ出そうと藻掻いている。――が、次の瞬間、異形の根がギュウゥゥッと彼を締め付け、ギチギチに絞められた彼の身体からゴキゴキ――と骨の折れる音が響いた。そのあまりの生々しさに、思わず美咲が悲鳴を上げる。


「離せぇぇぇっ!」


 涼は咄嗟に窓枠らしき木を掴み、異形へ飛びかかろうとする。しかし、一条が肩を掴んで制した。


「駄目だ、近づくな! あれは……人を餌にして育つ異形だ!」


 異形は苦痛の声を上げる岡村を、その幹のような部分に取り込み、腕や足をゆっくりと樹皮の中に引きずり込んでいく。その光景は、まるで木が新たな枝を生やすようだった。


「助ける方法は……!?」


 涼が叫ぶ。一条はきつく唇をかみ、目を逸らした。


「……助けたいのは山々なんだが……。無理に引き裂けば岡村さんごと殺すことになる……。埋まってるんだ、身体が。だが、あれ以上飲み込まれれば完全に同化する」


 岡村の呻き声は弱々しくなり、涙と唾を垂らしながら涼を見た。


「たす……け……た、のむ……」


 だが、森縛りが大きく体をうねらせ、根が突然地面を走り、涼たちに向かって突き刺さすように襲いかかってきた。


「離れろ!」


 涼が急いで扉を閉める。根が地面を裂き、木の破片と土が宙に舞った。

 森縛りはゆっくりと立ち上がり、まるで森全体が動くかのように根を伸ばし続ける。その動きは鈍いが、おそらく一度絡まれば逃げられないだろう。窓にガラスはない。こんなにボロイ扉では、一撃でも耐えられないだろう。


「出来るだけ奥へ! 涼君は彼と美咲ちゃんを!」


 一条が涼の代わりに前へ出る。ドドドドッ――と鈍い音を立てて、異形が根を扉へ突き刺した。


 バキッ、メキッ――ザザザザザ――


 そのまま扉は外されて、廃屋の中が丸見えになった。薄い防御壁を失い、一条は後ろへ下がる。バチンと地面を弾きながら飛んできた根は、一条の腕を叩いた。


「うわっ! っ、ぐっ……!」


 続いて涼の身体を廃屋の壁へと弾く。叩きつけられた涼は、そのまま地面へと崩れ落ち、息を詰まらせた。


「くっ……涼君!」

「涼さん!!」


 美咲が駆け寄ろうとしたその時――異形の体内で岡村が最後の叫びを上げた。


「ひっ――いっ――た、すけ――ッ!!」


 だが、その悲痛な叫びはすぐに掻き消えた。異形の幹が一際大きく脈動し、岡村の身体は完全に樹皮の下へと埋もれていった。次の瞬間、異形の苔の間から新しい枝のような人の腕が生え、苦痛に歪んだままの指が空を掴む仕草を見せた。


「いっ、いや……もう……岡村さんは……」


 美咲の目に涙が溢れる。一条が低く呟いた。


「完全に取り込まれた……。ああなってはもう、元には戻らない」

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