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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第二章:因習の森

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第27話:贖罪の夜_2


 涼は思わず息を呑んだ。


「お前たちが今見とる異形の大半は、元はこの村の人間じゃ。生まれた赤子が、村の繁栄のための【贄】として捧げられたんよ。……赤子だけじゃのおて、大人も子どもも赤の他人も、最後には見境なくなぁ」


 千賀の言葉に、美咲が小さく声を漏らす。


「そんな……本当に人間が、異形に……」

「あの黒い犬は、間違いなく人だった……?」

「あぁあぁ、あれかい。そういや、必死に何かを守っとったわりには、なんでか急にいなくなったのう」


 涼は自分が掴んだ黒い犬の心臓の温かさを思い出した。喉に浸みる酸を必死に堪え、胃から押し上がる吐き気に耐えていた。あの時だってわかっていた。見た目は異形の黒い犬でも、元々は人間であの心臓は人間のものだったということに。握り潰して殺したのは、人間だったということに。


 涼を見ながら、一条が眼鏡を押し上げ、低く続けた。


「つまり、異形化は長い因習の結果であり、【胎主】はその頂点に位置する……?」


 千賀は深く頷く。


「わしらは外から来た研究者に騙された。昔の話じゃ。じゃが、それ以前から村は【生贄の儀】を続けとったんよ。胎主は、それを利用されて生まれた化け物じゃ……」


 話が進むにつれ、千賀の語る言葉は更に重く、具体性を増していった。


「生まれた赤子を【母の胎】に戻す儀式があったんじゃ。それが【胎主】誕生の始まりよ。……あんたらが森で見た【影送り《かげおくり》】も【視人しびと】も、みな昔の巫女や生贄のなりそこないじゃ」

「村にいた【けずり】も……?」

「それ以外なかろうて。【肢体歩き《したいあるき》】に【残灰ざんかい】は見たか? 可哀想になぁ。人間として死ねんどころか、あんな姿になったまま彷徨うなんてよ。だぁれもそんなこと、思っとらんかったに」


 笑うことも泣くこともなく、ただ淡々と告げる千賀は、一瞬本当に生きてるのかと不安に感じるほど、冷たくて無機質な声をしていた。そんな中、美咲が震える声で問う。


「その儀式……今も続いているんですか?」


 千賀は沈黙し、やがて諦めたように頷く。


「もう終わったと思っとった。じゃが、あの古城が残っとる限り、胎主は……また生まれ直すさね」


 その場に、重い沈黙が落ちた。


「知っとるよな? あれは研究施設じゃ。趣味の悪いお偉いさんが、この村にあんなモノを造ってしもうた。わしらをみぃんな被害者と呼ばんかったら、一体何と呼ぶんじゃろな」

「止めるにはどうしたらいい? 俺たちに何かできるのか?」


 涼が食い下がると、千賀は彼をまっすぐ見た。


「お前らにできることは知らん。……じゃが、わしにできることは一つだけあるんじゃ」


 その目には、覚悟の色が宿っていた。

 彼女は、炉端に置かれた古びた木彫りの神像を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。その目は、涼や美咲たちではなく、遠い昔の何かを見ているように虚ろだ。


「わしも……若い頃は、よう笑う娘じゃったんよ。まだこの村が【外】と繋がっとったころ、学校へ行くために山を降りたこともあった。けんど……ある時、村が決めたんじゃ。【外】の血は要らん【神伏の血】だけで【胎主】を保たにゃならんって」


 言葉の端に、自嘲の笑いが滲んだ。


「そのころから、わしら女は『選ばれる』ようになった。家柄や血筋、そんなもんでな。選ばれた娘は十六の年に白装束を着せられ、森の奥に連れていかれた……」


 美咲が小さく息を呑む。


「それって……生贄、ですか?」


 千賀は美咲を見ず、ただ膝の上で握りしめた手に視線を落とす。


「【胎主の母】になれる者だけが残され、そうでない娘は――【森に還された】。生きたまま、根の絡む穴に沈められての。土に還れば、神さまに近づけると信じられとった」


 涼が思わず声を荒げた。


「そんな馬鹿げたこと……人を殺してまで!」


 千賀は首を振る。


「それでも足りんかった結果がこの有様じゃ。余所者の血は入れたくない。じゃがこの土地の血には限度がある。だから作ろうとしたんじゃ。人工的に、胎主を」

「そんなことって……」


 美咲が顔を手で覆う。


「馬鹿げとるさ。わしもそう思った。けんどな……『保てないなら保てる胎主を作れば良い』が、村のお偉いさんたちと、人体実験をしたい気持ちの悪い輩の意見でなぁ。……上手く異形が作れたら、それを兵器に使いたいという思惑もあったみたいだで。……怖かったじゃろ? 得体のしれんもんは」


 今まで見てきた異形を思い出す。どれ一つ、友好的なものはいなかったし、殺されると思ったから殺したヤツもいる。……ただ一つ、こちらをジッと見るだけで去っていった異形らしき存在を除いては。


「知っとるか? この森にある穴を。真っ暗で何人もの人を食った穴を」


 話を聞いていた三人が思い浮かべたのは、圭介を助けたあの穴だった。


「あの穴から遠く、ひっそりと隠れておった異形がおる。【祈祷婆きとうばあ】と呼ばれとるよ。会ったけ?」


 よく考えてみたが、その名前の異形には合っていない気がした。美咲の拾った本にも、載っていなかった気がする。そう思った涼は首を振った。


「【祈祷婆】は、その儀式を逃れようとした娘がなった異形なんじゃ」

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