第25話:外からナカへ_2
涼は鉈を握ったまま繭へ駆け寄った。美咲もふらつきながら立ち上がり、圭介の側へいく。
「圭介、今助ける!」
涼は鉈で慎重に繭を裂き、絡みついた管を切り離した。圭介の体が崩れ落ちるように地面へ倒れ込む。美咲が支え、圭介が微かに目を開ける。
「……りょう、ありがと……でも……まだ……何、も、終わってない……アレが……起きる……」
その言葉に涼と美咲は顔を見合わせ、緊張を高める。
「アレって……【母胎】か? それとも【胎主】のことか!?」
圭介は小さく微笑むと、再び意識を失った。
「圭介さん、どこかに避難させられないでしょうか? このままじゃ、みんなこの場から動けなくなってしまいます……」
「そうだな、俺もそう思う。せめて、予定だった古城の中へ辿り着けたら、多少マシな部屋があるんじゃないかと思っているが……」
「古城の中……じゃあこのまま、進みますか?」
「それしかない。戻ったところで預けるあてもないし、恭一のところまで帰れるかどうか……」
「――君たちは――人間か?」
聞き覚えのない声に、涼と美咲は一斉に声のした方へ顔を向けた。
そこには、男性が一人立っていた。大きな帽子が良く似合う、肌の焼けた三十代男性。
「あの、あなたは?」
「私は一条。【一条翔真】、神伏村について調べている学者だ。……もしかして君たち、都市伝説研究会の子かい?」
「どうしてそれを?」
涼は訝しんで聞いた。
「実は、君たちの友人の、恭一君に会ってね」
「恭一に!?」
「あぁ。道がわからなくなったから、神伏村のほうから帰ってきた恭一君に道を聞いたんだ。その時に、君たちのことを少し聞いたんだよ」
「そうでしたか……あ、俺は斉藤涼です。大学二年。こっちの意識のないのは田所圭介」
「私は藤宮美咲です。一年です」
「ありがとう、よろしく。……その子は、一体……?」
一条の視線の先には、目を閉じた圭介がいた。
「えっと、信じてもらえないかもしれませんが……異形に襲われて」
「あぁ、異形、ね」
一条はさも知っているように頷いた。
「私もここへ来るまでに出会った。が、この先はもっと酷いと思うぞ。引き返して彼を保護するなら今しかない」
「どういう意味ですか?」
美咲が割って入る。
「この先は、古城へ続いている。あの中には間違いなく、もっとヤバいヤツがいるだろう。そんなところへ連れて行くよりも、まだ外へ出たほうがマシだ」
「またあんな場所へ行くんですか!?」
「これでも、この村については誰よりも知っていると自負している。手前にあった祠から、石を拝借した。狭い範囲なら、結界のように我々を守ってくれるはずだ。……但し、強すぎる相手には向かないから、ここよりも村のほうが良い」
涼と美咲は顔を見合わせた。一条は懐から石を取り出すと、二人に見せた。淡く赤く光っている。この光を、二人は見たことがあった。
「これって……祠で私たちを守ってくれた……?」
「祠の裏の、箱の中に入っていたよ。色は気味悪いが、空気は安心するだろ?」
言われてみれば、その光は慈愛に満ちていた。これだけの悪意に晒されながらも、その光は衰えない。
「これを持たせておけば、大丈夫だと思う。私も仲間と一緒に来たが、その仲間には、恭一君と集落で一緒にいるようお願いした。きっと時間さえ経てば、二人が警察を連れてきてくれると思うよ。……私たちに何かあったとしても」
一条の言葉には説得力があった。そして何より、初めて自分たち以外の人間に出会えて、それが頼れそうな大人とあって、涼は安堵から溜息を吐いた。彼なりに頑張ってきたものの、誰かに頼りたいと、そう思っていた。
「私の知っている話だと、この穴の奥は古城へ繋がっていて、その手前には隠し通路があって神伏村へ繋がっているらしい。多分、その先だよ。ちょっと空気が違うから」
指をさしたその先、暗いがなんとなく雰囲気が違うことは、涼も美咲も感じていた。悪い空気ではなかったが、今までのことを考えると、不安要素のある場所へは前に進む以外行きたくない。それが二人の本音だった。
「私はかなり前からこの神伏村のことを調べていてね。手前の集落や周辺についても調べている。とにかく、この穴の中に長居することはお勧めしない。それに、二人で彼を運ぶのは大変だろう? 私がいれば、少なくとも一人手を空けた状態で進むことができる」
確かに、二人が三人になれば心強い。それに、この村と周辺について良く知っているともなれば、百人力だ。
「……圭介を連れて外へ出ます。先導して、案内をお願いできますか?」
「あぁ勿論! 任せておきなさい。さ、そうと決まれば早くいこう」
心配そうな美咲をよそに、涼はすぐに決断した。この状況で、迷っている暇などない。
「こっちだ。ゆっくり歩くから、見失わないようについてきてくれ」
前を歩く一条に続いて、美咲と涼は圭介を支えて後ろを歩く。なんとか意識を保った圭介は、極力二人の負担にならぬよう身体に力を込めた。冷たい空気が身体を撫でる。しかし、祠に置いてあった石のおかげなのか、これまで感じていた不快な感覚は和らいでいた。




