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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第二章:因習の森

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第21話:森に潜む声_2


 ――一体、どれくらい進んだだろうか。森の奥、ひらけた空間にぽつりと取り残されたように、その小屋はあった。木造の壁は苔に覆われ、一部は腐っている。窓にガラスははまっておらず、黒ずんだ屋根は大きくたわみ、今にも崩れそうだ。まるで村人たちから意図的に忘れられたかのように、不気味な自然に飲み込まれつつあった。


 美咲は一歩近づいただけで、ゾクリと背筋が震えた。小屋全体から、目に見えない『拒絶』のような気配が放たれていたからだ。


「……ここだけ、空気が違う……」


 美咲は思わず呟いた。その声を耳に残しながら、涼は慎重に周囲を見渡しながら、小屋に近づいていく。森の湿気は恐ろしいほど濃いのに、この小屋の周りだけ、やけに空気が乾いていた。その乾いた土には、何かを引きずったような深い跡が無数に刻まれている。それは人のものではない――這いずるような長い跡が、深く幾重にも重なっていた。


「……ここで、何かあったんだな」


 涼は無意識に息を飲んだ。その跡の一つに、黒ずんだ血痕のような染みが点々と残っている。扉の前には水たまりのような跡。乾燥した赤黒い色は、これまでの点々とした染みと合わせて、ただの水たまりではないことを示していた。


 錆びた蝶番が「ギィ」と悲鳴を上げるように軋む。扉を押し開けた瞬間、二人はむっとするほどの異臭に顔をしかめた。

 部屋の中は暗く、風に乗った木の葉が入り込んでいる。雨風に晒された内部は大層汚れていて、今まで見てきた廃屋のどれよりも酷い有様だった。床には乾燥して色も変わった虫の死骸と、とっくに朽ちた小動物の死骸が散らばり、白い骨が露わになっている。――よく見ると、それらは単に死んだのではなく、何かに「食い荒らされた」ように裂けていた。


「……涼さん、これ……」


 美咲は口元を押さえ、吐き気を堪える。随分慣れたはずなのに、このニオイは何度でも感情を刺激する。


「見ないほうがいい」


 涼は短く言い、小屋の奥に目を向けた。棚や机は壊れ、古い紙束が床に散乱している。ある意味で、ここでは見慣れた光景。それらの紙は虫に食われ時間の経過にやられていたが、いくつかはまだ文字が読めそうだった。


 涼は紙束を拾い上げ、慎重にページをめくった。不自然に灯るランタンの明かりに照らされたその文字は、所々かすれていたがまだ読めた。


『【神伏村における胎主信仰】――村は元々【母胎の神】を崇め、豊穣と子孫繁栄を願った。しかし、数百年前に【最初の巫女】が選ばれたことで儀式は変質した。巫女は【神の子】を胎に宿し、死ぬまでその胎を守り続けることが村の繁栄とされた。しかし、その【神の子】の存在は非常に稀である。偶発的には望めない。――そのために、幾つかの実験をこなすことを決めた。選ばれることは名誉である。その名もなき人生に意味を』


 涼は思わず眉をひそめた。


「やっぱり、ここの異形は全部【人の手】で作られたものなんだ……」


 美咲は涼の肩越しに文字を見つめ、その内容に青ざめた顔をしている。


「……【最初の巫女】……私の先祖も……同じことを……」


「美咲の先祖……?」

「あ……ごめんなさい。私、ずっと黙ってたことがあるんです」

「元々この村を知っていた、とか?」


 彼女は躊躇いがちに小さく頷いた。


「……母が死ぬ前に言ってたんです。『選ばれるのは光栄なことだ』って……。私、小さいころは意味がわからなかったけど……。この間、改めて遺品を整理していたら、この村に関係するものが出てきて。……もしかしたら、母も【胎主の母胎】に関係しているのかもしれません」


 美咲の声は震え、目が潤んでいた。涼は言葉を失い、ただ彼女の肩に手を置いた。


「何度も、帰りたくなって……でも、母のことも知りたかった……。ただそれだけだったのに」


 彼女がここまで押し込んできた気持ちは計り知れない。『母の過去を知りたい』という気持ちでついてきた彼女が、突然村の悪意と呼べそうな異形に晒されたのだ。自分の母親がどんな形であれ、こんなものに関係しているとは認めたくないだろう。それでも、彼女は先へ進むことを選んだ。


「お願いです、そのまま先に」


 言われた通り、涼は次のページをめくった。


『――母胎が衰えると、【供物】として人間が選ばれる。供物は生きたまま【巣】に囚われ、徐々に母胎と一体化し、神の子を生む糧となる。それを人の手で起こす時、あらゆる過程で失敗作が生まれる。人間から生まれ、最早人間ではないそれは、異形と呼ぶにふさわしいだろう』


「……圭介が今も生きてるなら【供物】として囚われてるはずだ。悠里だってそうだ、そのまま殺すより、きっと餌にしたほうが良い」


 涼の声には怒りがこもっていた。


「でも、もしもう……とっくに取り込まれてたら……助けられるのでしょうか……」


 美咲は恐る恐る問うた。勿論、生きていると信じている。だが、ここにある文字を読めば読むほど、不安が心を埋め尽くしていく。


「助ける……絶対にだ」


 涼の声は強く、迷いがなかった。


 ――ぬちゃっ、ぬちゃっ――ぬちゃっ、ぬちゃっ――


 ――その時、小屋の外で何かが動く音がした。

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