表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第二章:因習の森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/56

第20話:森に潜む声_1


 祠を後にした瞬間、背後から張りつくような視線を感じた。涼は一度だけ振り返ったが、そこにあったのは歪んだ木々と、苔むした祠の屋根だけだった。きっと、気のせいだろう。……だが、その沈黙が逆に不気味さを強めていた。


「涼さん……この先、ちゃんと進めるんでしょうか……?」


 美咲の声は震えていた。声を潜めているつもりでも、その恐怖は隠しきれない。文字通り取れば、それは「この先に道があるかどうか」だが、彼女の問う意味は違う。「生きて帰れるかどうか」が正解だ。


「……圭介が生きてるなら、放っておけない」


 涼の表情は固い。だが、美咲にはその決意の裏に、不安が隠れているのがわかった。涼自身、圭介がまだ生きているという確信を持っているわけではないのだ。あの異形にあの圭介の姿。ほぼ絶望的だ。しかし、修平に続いて圭介まで命を失うわけにもいかず『どうか生きていますように』と、ここでは意味のなさそうな神に祈った。


 二人が森へ足を踏み入れると、空気は明らかに変わった。湿度が急に増し、ねっとりとした空気が重たくのしかかる。時々聞こえるのは、虫の鳴き声だろうか、それとも、違うものなのだろうか。ここでは茶飯事になった、甘くて思わず口を覆ってしまうようなニオイ。足元の土も水分を増し、足元がすくわれそうになる。


「このニオイ……異形が出てくる前は、いつも同じようなニオイがしているな。ここは……より濃くなっている気がする」


 涼が低く呟く。彼の言葉を聞いて、美咲は震える声で答えた。


「……やっぱり、戻ったほうが良いのでしょうか。祠にいれば、安全なんじゃないかなって……さっきの、あそこなら……」

「いや、戻れない。……戻ったところで、安全だなんて保証は一つもないんだ。それなら、進んで仲間を探したほうが良い」


 涼は言葉を切り、拳を強く握りしめた。それはまるで、自分に言い聞かせるようでもあった。


 二人はポツリポツリと、さっきいなくなった、作業員風の男の話をし始めた。村周辺では工事はしていなかった。それなら、なぜあんな場所に。解けない謎を考えている時、ふと声のような風の音が聞こえた。それはまるで実体を持つように、ハッキリとした音へと変貌する。


『……涼……こっちよ……助けて……』


 涼の足が止まった。その声は、悠里のものだった。


「……悠里……?」


 無意識に名を呼んだ涼に、美咲がすぐに反応した。


「あれは……多分さっきも聞こえた……悠里さんじゃないです、悠里さんじゃない!」

「わかってる……わかってるよ。でも……今の声は、まるで本人の心の声みたいだ。振り絞るような、掠れた」


 涼は苦しげに顔を歪めた。その声は確かに悠里のものだった。記憶の奥底で、悠里が笑顔で話す瞬間と寸分違わない響きだった。


「私たちを誘い込むために、きっと真似をしてるんですよね。だって、放っておけるわけないですもん」


「確かめたくなる。本人なんじゃと、追いかけた先にいるんじゃないか、って」


 涼がそう言ったその時、別の声が森に響いた。


『……やめろ……来るな、涼……助けて……来る、な……助け、ろ……』


 今度は圭介の声だった。美咲は驚いて涼の顔を見つめる。


「圭介さん……?」


 その声は弱々しく、途切れがちだった。どちらも含まれていたが、助けを求めるというより、必死に「来るな」と警告しているように聞こえた。 だが涼は、眉をひそめて低く呟く。


「……変だ。これも、悠里の真似と同じ?」

「かもしれません。でも、そうじゃないかもしれない……連れていかれたのは、二人ともそうですし」

「心が、抉られるな」

「罠、なんでしょうか」

「……それでも、行くしかない」


 涼は一瞬、美咲の目を見た。その目に宿る恐怖を見てもなお、彼の決意は変わらなかった。

 二人が更に森を進むと、突然、周囲の音が止んだ。さっきまで鳴いていた虫らしき声も、時々擦れる葉の音も、全てが消える。


「……静かすぎる」


 涼が小声で言う。次の瞬間、美咲が恐怖に目を見開いた。


「もうやだ……」


 彼女が指差した先、木々の幹の裂け目に、何かが光った。よく見ると、それはギョロリとした眼球だった。血走った眼が、木の幹にめり込むようにしてはまっており、瞬きもせず二人を見つめている。

 一つ、二つ――いや、よく見れば周囲の木々全てに、それがあった。幹の割れ目や枝の付け根に、無数の眼がギッシリと埋め込まれている。どれもこれも、ただジッ――と二人を見つめていた。


「……見張られてる……」


 涼が低く呟くと、木々の眼が一斉に瞬きをした。その瞬きに合わせるように、二人の頭の奥に囁きが響く。


『……こっちだ……涼……助けて……』


 悠里と圭介の声が混じる。美咲は両耳を押さえ、必死に目を閉じた。だが涼は、今までの後悔からか耳を塞ぐことができなかった。何度も聞いた声が周囲に反響する。怒りも悲しみも抱えたその声は、涼の思考を簡単に邪魔していた。


「やめて……! 聞いちゃダメです!」


 美咲は涼の腕を掴み、彼を現実に引き戻そうとする。涼は頭を振り、何とか声を振り払った。


「……クソ、森そのものが俺たちを誘ってる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ