第2話:都市伝説研究会の夜_2
――その日から、彼ら都市伝説研究会の、神伏村へ向かう準備が始まった。……と言っても、特別なことはない。今までも何度か、都市伝説のある場所や、昔からの伝承がある地域へ出かけていた。同じように準備するだけだ。
「機材は準備できてるよ。予備バッテリーも十分」
無言でカメラを調整していた青年が、静かに口を開いた。
【村上恭一】。――無口な三年生で、調査の際は記録係を務める。この部屋に貼ってある新聞や資料も、基本的には彼が用意したものだ。子どものころから伝承に民話、都市伝説に七不思議など、オカルトな話が大好きだった彼は、この大学へ入学して即都市伝説同好会へ入った。仲間を得た彼は、水を得た魚のように沢山の気になる話を調べては、現地へ突撃した。
特に言わなかったが、恭一はワクワクしていた。自分が調べてきた中で、神伏村は間違いなく一番危険で謎めいていたからだ。だが、部長である悠里が少しばかり難色を示しているのをわっているため、あえて口にも態度にも出さなかった。たまに上がる口の端を手で隠しては、現地へ到着してからの不備がないよう、何度も何度も荷物を確認している。
悠里が小さく溜息を吐き、手帳を閉じる。
「行くとしても、無茶は絶対しないで。撤退の判断はあたしがするわよ」
「頼りにしてる」
「……それ、ホントかな?」
「本当だよ、部長」
「調子がいいんだから、まったく」
涼がわずかに笑みを見せた。
――バタン!
その時、勢いよくドアが開いた。
「おーい、話はまとまったか?」
入ってきたのは、筋肉質な青年【田所圭介】だ。キリッとした顔つきだが、子犬のように人懐こい瞳をしていた。短髪が良く似合う。体育会系らしい明るさと頼もしさを持つ彼は、拳を軽く鳴らして笑った。
「圭介、お前も来る気かよ」
修平が呆れた声を上げる。それもそのはずだ。彼は都市伝説研究会ではない。涼と修平にくっついて遊びにくる二年生だ。バイトが忙しく正式にサークルへ加入はしていないが、面白いからと時間のある時は部室を除いていたし、調査にも同行していた。
今回の話をした時、彼はいなかった。……のだが、涼が元々この村に興味を持っていたことを知っていた彼は『涼が行くなら自分も絶対についていく』と、誰に頼まれてもいないのに決意していた。こんななりをしていても、彼は寂しがり屋だった。大好きな友達には、くっついていたいタイプなのだ。
「当然だろ。お前らだけに危ないことさせられるか」
実際、圭介は頼りになった。危ない場所は率先して進んでくれるし、女性への配慮も忘れない。力もあるため、記録係の恭一も彼がいる時は安心して大事な機材を運べた。口ではそう言いつつも、修平も少しだけ期待していたし、なんなら涼は絶対にくると思って既に同行メンバーに入れていた。
「俺がいると、結構助かるだろ? 今回も任せておけって」
カラッとした笑顔で当たり前に笑うその頼もしさに、美咲と悠里の顔が少しだけ和らいだ。
話し合いが終わり、皆が部室を出るころには夜の校舎は更に暗さを増していた。外では小雨が降り始め、街灯の明かりが滲んでいる。地面に当たる雨粒が静かに音を立て、ぬかるみと水たまりを広げていった。ノイズの走ったような水面は、誰かの心の中を表すように仄暗くて生ぬるい。
「降ってきちゃったね」
「天気予報、外れちゃったな」
悠里と修平が残念そうに言った。
「悠里、傘持ってる?」
「あるけど。折り畳みだからこれ以上振ったらびしょ濡れになりそう」
「他は?」
修平に問いかけられた後、圭介、恭一、美咲の三人は首を振った。
「なんだ、みんな持ってないのかよ。じゃあ、俺の車乗ってけ、送ってく」
「え、良いの?」
恭一の顔がパァァっと明るくなった。
「修平君ホントに?」
「暗いし、これ以上降っても困るだろ? 涼は?」
「俺はいい。傘もあるし、荷物の最終確認もあるから」
「頼んで良いのか? 明日一番に来て、俺も一緒に確認するぞ?」
「いや、修平は神伏村の近くの集落まで運転してもらうことになるし、俺が確認しておくよ。悪いけど、みんなを送ってやってくれ」
「そっか、りょーかい」
修正は車のキーを取り出した。
「こういう時、みんな住んでる場所そんなに遠くないから助かるよな」
「ありがと修平。あたしが一番遠いかも」
「僕が一番近いかな、圭介君と美咲ちゃんは、同じくらい?」
「そうだな」
「お願いします、修平さん」
「おっけ」
涼以外、修平に続いて車へと向かった。部室へ戻り、窓の外を覗く。しばらくすると、雨の中小走りで外へ出て行くメンバーたちが見えた。窓に滲む雨が、そんな彼らの姿を消していく。最後まで見送った後、涼はドカッと音を立てて乱暴に椅子へ座ると、右手で両方の目頭を押さえて上を向いた。……頭が割れそうに痛い。理由はわからなかったが、降ってきた雨のせいにした。
「明日、か」
荒くなった呼吸をどうにか整えて、彼は壁に貼られた【神伏村】の地図をジッと見つめた。その視線には決意と同時に、ほんのわずかな緊張があった。