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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第一章:境界線

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第15話:そこで蠢くモノ_7


 祠の外の暗闇に、ぼんやりとした白い影が立っていた。それは異形のようでもあり、どこか人間の輪郭に近い。その影はジッと三人を見つめると、静かに頭を下げるような仕草を見せ、闇に消えていった。


「……今の、なんだ……?」

「わ、わかりません……。でも、襲ってこなかったから……味方……だったの、かな……?」

「もう帰ろうよ……こんなとこ、嫌だよ……」

「……帰るためにこそ、俺たちは進むんだ。全部の謎を暴かないと、ここからは出られない」


 その言葉に美咲が力強く頷いた。しかし、壊れかけた悠里の瞳には、明らかに狂気じみた光が宿り始めていた。


 涼、美咲、悠里の三人は、村の中心に近い古い蔵へと逃げ込んでいた。湿った土壁に身を寄せ、三人はほとんど息を殺していた。


「ここなら……ひとまずは安全です、よね」


 美咲がか細い声で言う。彼女の手はまだ震えており、石を投げた時に切った指先から血が滲んでいた。彼女の声に涼は頷きながらも、目を閉じようとはしなかった。


「長居はできない。どうやって俺たちの居場所を察しているか、わからないんだ。いつやってくるか……夜が明けるまでに移動するしかない」


 悠里は土間に座り込み、膝を抱えて泣きそうな顔をしていた。


「……無理だよ、涼……もう嫌だよ、帰りたい……帰りたいよ……」


 涼は一瞬だけ悠里を見たが、すぐに視線を外した。


「帰るために進むんだ。ここに留まれば……さっきの圭介みたいになるだけだ」


 その名前を出した瞬間、悠里が泣き声を上げた。


「やめてよ! そんなこと言わないでよ! 圭介は……圭介は、まだ……!」


 美咲がそっと悠里の肩を抱き寄せた。


「……大丈夫。きっと、大丈夫です……」


 涼は、わずかに眉をひそめたまま黙り込んだ。修平のように、完全に死んだだろう場面を見たわけじゃない。――彼が、まだ生きている可能性を完全に否定できないことを、涼自身も感じていた。


 ズル……ズルズル……


 夜の静寂を切り裂くように、外から何かを引きずる音が響いた。三人は一斉に息を止める。蔵の隙間から月明かりが差し込み、その光に異形の影が映った。


「また、あんなのが来たの……?」


 美咲が囁く。


 涼は蔵の隙間からそっと外を覗いた。そこにいたのは、先ほど戦った【供物喰らい】とは違う異形――【縫合の巫女ほうごうのみこ】と呼ばれる存在だった。

 あの、研究記録にいた――


 それは女の姿をしていたが、身体のあちこちが黒い糸で不自然に縫い合わされていた。そして何かを引きずっており、ズルズルという音は、そこから出ているようだった。

 涼は目を凝らし、その腕にぶら下がるものを見た瞬間、息を呑んだ。


「……圭介……!」


 美咲と悠里も涼の視線を追い、外を覗いた。

 そこには血まみれで意識のない圭介が、異形の腕に絡め取られ、ずるずると引きずられている光景があった。


「圭介!!」


 悠里が叫びそうになったが、美咲が慌ててその口を塞ぐ。涼は拳を握りしめ、低く呟いた。


「まだ、生きてるんじゃ……」


 涼は鉄パイプを握り、蔵の扉に手をかけた。


「今なら、まだ間に合う……!」

「涼さん、待って!」


 驚いた美咲が腕を掴む。


「今、飛び出したら――」

「見殺しにできるか!」


 涼が美咲の手を振り払ったその時、悠里が突然立ち上がった。


「行こうよ! 圭介を助けなきゃ! そうだよ、今なら、まだ――!」


 しかし涼は、一歩踏み出したところでピタリと動きを止めた。――巫女が、ゆっくりとこちらを振り返ったのだ。縫い合わされた顔の裂け目が、歪んだ笑みを形作る。その口が「イラッシャイ……オマエラモ、オイデ……」と、まるで人間のような声を発した。

 次の瞬間、巫女の体から黒い糸が無数に放たれ、周囲の木々を絡め取った。その糸は、まるで網のように周囲を覆い尽くし始める。その光景に、涼は奥歯を噛みしめた。


「……今行ったら、俺たちも捕まる……」

「でも!」


 悠里が涼に掴みかかる。


「でも、圭介が! 生きてるんだよ!? 今なら――!」


 美咲が泣きそうな顔で悠里を抱きしめた。


「ごめん、悠里ちゃん……でも、今は……」


 悠里は泣き叫びながら美咲の腕を振りほどき、蔵の扉に手をかけた。しかし、涼が即座にその腕を掴む。


「お前まで死なせるわけにはいかない!」

「離してよ!! あたしは行くの! 圭介が、圭介が――!」


 涼は強く腕を引き寄せ、低く叫んだ。


「必ず取り戻す! だが今じゃない!」


 悠里の瞳から涙が溢れた。彼女は力なく崩れ落ち、すすり泣きながら涼の胸を叩いた。その間にも、縫合の巫女は圭介を引きずり、村の奥――この場に似付かわしくない古城――へと続く道へと消えていった。黒い糸が月明かりに照らされて、獲物を抱えた蜘蛛のようにぬめりと動く。


 最後に巫女が一度だけ振り返り「ハラミ……ハラマセル……」と囁いた。その声が、三人の耳にこびりつくように残った。冷や汗をかきながら、三人は歯を食いしばる。


「……必ず取り戻す。圭介……」


 美咲は涼の決意を見つめ、小さく頷いた。一方、悠里は涙で濡れた顔を伏せたまま、震える声で呟いた。


「……絶対に、助けるんだから……圭介を……絶対に……」


 その瞳には、狂気に似た執念が宿り始めていた。


 三人は夜明け前、古城へ続く道の入り口に立っていた。そこには苔むした巨大な門があり、崩れた石壁の奥に、不気味な影がそびえている。


「……あれが、この村の【檻】……」

「涼さん……怖いよ……」


 そう呟いた涼の腕を、美咲がギュッと握った。悠里は無言のまま門を見つめ、誰よりも早く圭介が引きずられていった方向に足を踏み出した。


 ――悪夢は、まだ始まりに過ぎない。

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