第12話:そこで蠢くモノ_4
「無理だ……このままじゃ破られる!」
修平が恐怖で顔を歪めたが、涼が周囲を見渡し、納屋の奥に古びた農具が積まれているのを見つけた。
「武器になるものを探せ! 俺が支えるから! 早く!」
圭介が錆びたスコップを掴む。悠里もためらいながら鉄の棒を手に取った。美咲も、壁にかけてあった鎌へ手を伸ばす。
だがその瞬間――
ガンッ!! ガンッ!!
扉がついに破れ、異形が突入してきた。圭介が叫びながらスコップを振るう。しかし異形はそれを避け、代わりに武器を掴み損ねていた修平へと飛びかかった。
「うわあああっ!!」
修平は地面に押さえつけられ、異形の口が彼の肩に食い込んだ。血が噴き出し、修平が苦痛に絶叫する。
「修平さん!!」
美咲が叫んだ。涼がすかさず異形の背に飛びつき、圭介からもらったスコップを全力で振り下ろす。ゴギッ――と鈍い音がし、異形の背骨らしきものがわずかに凹んだ。
だが異形は苦痛を感じないかのように修平の肉を引き裂き続けた。床と異形に挟まれて、修平は呻き声とも、懇願とも言えない声をあげている。涼は再びスコップを振り下ろし、今度は異形の頭を狙った。【削】の時と同じように。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
異形がようやく修平を離した。だが修平はすでに血だらけで、動かない。
「修平……修平!」
悠里が泣きながら彼に駆け寄るが、涼が腕を掴む。
「もう……もう駄目だ! 今はここから逃げ出すことを考えろ!」
異形が再び涼たちに向き直る。その口は修平の血に染まり、ギチギチと不快な音を立てていた。
「……俺が引きつける。お前たちは裏口から逃げろ」
涼が低い声で言う。
「そんなの無理だ!」
圭介が叫ぶ。
「お前もうとっくに限界を超えて――」
「行け!」
涼が怒鳴る。美咲が泣きながら涼を見つめた。だが涼は一瞬だけ振り返り、静かに笑った。
「大丈夫だ。また必ず追いつくから。早くいけよ!」
涼はスコップを振り切って、異形の胸の辺りに当てた。意外と今までのダメージが蓄積されていたのか、少しよろめいて後ずさる。そのままスコップを横向きに持ち直し、全身の力を込めて壁際へ押し付けた。
悠里と圭介、美咲は渋々ながらも、それを背に外へ走り出す。涼は異形を見上げて、お腹にスコップを突き刺した。
「グオォォォ――!!」
異形が叫ぶ。その声はこの村全ての目を覚ましそうな、身体中に響く音だった。
「くっそ……!」
深く刺さったスコップが抜けない。仕方なく涼は他に武器になりそうなものを探した。足元に、折れたのか農具の柄だけが転がっている。もう一度奥まで力を込めてスコップを突き刺すと、異形はオォォ……と声を上げた。きっと効いている。そう信じて一度スコップから手を離すと、異形はよたよたと後ろへふらつきながら下がった。しかし、彼が折れた柄を拾った瞬間、低い唸り声をあげて突進してきた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
涼は横に飛び、柄で異形の脚を狙った。
ガンッ!
弱点なのか、脚が反対側へと凹み、異形がよろめく。
「……案外、脆いんだな」
涼が小さく呟く。
だが異形はすぐに体勢を立て直し、再び突っ込んできた。涼は辛うじて身をかわすが、長い爪が腕を捕らえ、傷口から血が弾かれる。
「……長くはもたない……ってことか。最悪だな」
涼は周囲を見渡した。このまま同じように戦っていても、体力に限界を迎えた彼に勝ち目はない。強力な助っ人が今すぐにでも駆け付けるか、それとも一瞬で異形の行動パターンと最弱点を読み取り、驚異の一撃をぶち込むか。はたまた、自分自身が【削】のように、特殊な能力に目覚めてアレを完封するか。……そんな都合の良い夢物語が脳裏を過ぎる。
しかし、それはもう無理だろうと、このまま死ぬかもしれないと、諦めかけたその時。誰もいないはず納屋の梁に、いつから明かりを灯しているのかもわからない、古いランタンがぶら下がっていることに気が付いた。
――これは――使えるじゃないか。
涼は異形を誘導しながら梁に近づく。異形が飛びかかってきた瞬間、涼は梁を蹴りつけ、ランタンを落とした。
ガシャン!
チリチリ――ヒュン――
炎を揺らしていたオイルが飛び散り、火花と炎の残骸が床に燃え広がる。それはそのまま異形の身体へ飛び移ると、一瞬で黒い皮膚の焼ける臭いが広がった。
グゥオォォォォ――!! オォォォ――!!
異形が苦悶の声をあげ、壁に身体を壁にぶつけ始めた。身体を覆う火を消して寝ると痛みから逃れようとしているのか、それとも焼け爛れているその肌ごと削り落とそうとしているのか。そのどちらとも読み取れる行動をとる異形は、涼に目もくれずただひたすらに壁への突撃を繰り返している。床を覆う油と炎、そして、充満する煙と焼け付いて燻ぶる嫌な臭いが、もうこの家屋が長くないことを表していた。
徐々に異形の身体が前屈みに折れ、勢いを失っていく。耳障りな声を上げるが、その強さも段々と弱まってきた。長くはないかもしれない、が、これは何をするかわからない。……その残骸になりたるモノが完全に倒れる前に、涼は外へ飛び出していた。




