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赫き蠢きの廃村①-贄子の夢、胎主の詩-  作者: 三嶋トウカ
第一章:境界線

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第11話:そこで蠢くモノ_3


 ――悠里たちが研究報告書を読み込んでいる時、件の異形を引き付けていた涼は、一人恐怖と戦いながら逃げ延びていた。彼の持つ枝には、異形【削】の一部がこびりついている。


「なんなんだよ、一体……」


 息を切らせながら、彼は必死に走っていた。大回りをして、このまま圭介たちの待つ廃屋へ戻るつもりなのだ。


「はぁ、はぁ。倒した、のか?」


 あの一瞬、光を見た涼は、思わず手の枝を振るった。一気に距離を詰めてきた異形は、その長い腕で彼を襲うも、逆に枝に刺されて血飛沫と悲鳴を上げた。この村に入ってからのことが走馬灯のように脳裏に浮かび、そしてそれが消えて今が現実だとわかるのに、数秒かかった。その間異形は悶え悲しむような素振りを見せたが、動けないでいる彼を襲うことはなかった。

 ハッと意識が戻った後、重たい枝を振りかぶり、彼は何度も異形の頭を殴った。喉の奥から絞り出すような甲高い悲鳴は、耳を覆いたくなるほど不快だった。何回殴ったのかわからないほど殴って、それから彼は異形が動かないことを知った。頭だったものはグチャグチャに潰れ、ところどころ枝の破片や砂、砕かれた異形の骨や肉が混じっている。


 これが人間だったら、間違いなく死んでいるだろう。


 だが、これは人間ではない。


 一切感じられない手ごたえと、それとは裏腹に両手にこびりついた肉と骨の感触に吐きそうになりながら、枝を捨ててただひたすら涼は走った。そして身体が限界を迎え、地に張った木の根に躓いて転んだ時、目の前がちょうどみんなと別れた広場であることに気が付いた。


「あ、あぁぁ……! どこだ、どこだ! 圭介! 修平! 美咲! 悠里!」


 悲鳴のように四人の名前を叫びながら、彼は見覚えがあるかもしれない道を歩む。フラフラと二軒目で探索した家屋の窓の奥に、人影が見えた。


「――こっちだ――! 涼!!」


 その声は、間違いなく圭介だった。


 急いで扉を開け、涼は家の中へ入る。


「良かった! 無事だったんだな!」


 泣きそうな声で圭介が言った。


「あぁ、なんとか。……はぁ……悪い、ちょっと、疲れた……」


 涼は壁に寄り掛かった瞬間、そのままズルズルと床へ崩れていった。脚が震えて立ち上がれない。腕を支えにしようとするも、力いっぱい異形を殴りつけた弊害で、力が入らず足と同じようにカタカタと震えていた。それに、腰も安堵から抜けてしまったのか、身体を支えられそうにはなかった。


「涼さん!」

「涼! 大丈夫か!?」

「心配したんだから……!」


 動けない涼の代わりに、隠れていた三人が寄ってきた。悠里の手には、あの美咲が拾った本が握られている。


「倒したの? アレ」

「わからない……けれど、動かないことは確認した」

「そうなのね……。わかった、ありがとう。早速で悪いんだけど、あたしたちの話を聞いてほしいの。この村と、あの異形について」

「何かわかったのか?」

「なんとなくは、ね」


 悠里が異形【削】と、人体実験らしき研究が行われていた可能性について話をしていた時――


 ギチギチ……ギチギチ……


「……おいおい、何だよ今の音」


 ギチギチ……ギチギチギチギチ……


 油の差してないとっくの昔に錆びた機械が動くような、大きな虫が威嚇のために牙を擦り合わせるような、そんな不快な音が家屋の外から聞こえてきた。


「さっきの【削】とは違うわね」

「新しい異形がきたって言うんですか……?」


 悠里の言葉に美咲が怯える。


 ギチギチ……ギチギチ……


 家屋の外で異形の動く音が止まった。


「……行ったのか?」


 圭介が声を潜めて言う。


 しかし涼は首を振った。


「……いや、まだいる。呼吸音みたいな……そんな音がする」


 耳を澄ますと、確かに家屋の壁越しにゴボゴボ……と濁った呼吸が聞こえる。まるで溺れているような、喉の奥に何かが引っかかっているような。

 その音は段々と近付き、壁のすぐ外で止まった。


 次の瞬間――


 ガンッ!!


 壁板が内側に向かって割れ、黒い腕が突き破ってきた。それは鋭い爪で修平の肩を掠め、壁だった木片が飛び散る。


「うわあっ!」


 修平が転げるように後退する。圭介が彼を引き起こそうとするが、異形の腕が再び伸びてきた。


 涼は素早く木片を掴み、異形の腕を叩いた。


「今のうちに出ろ!」


 五人は家屋の裏口から外へ飛び出す。だが異形も壁を突き破り、彼らを追った。

 ――夜の村を駆け抜ける。足元の土は湿って滑りやすく、なぜか夜になっている空に映える、煌々とした月明かりだけが頼りだった。


「こいつ、速すぎる!」


 圭介が悲鳴をあげる。異形は四足で這いながらも驚異的な速度で追いついてくる。獣のようなヒト。涼と修平が振り返りざまに石を投げつけたが、ほとんど効果がない。それどころか異形はそれを避け、更に速度を上げた。


「このままじゃ捕まる!」


 悠里が叫ぶ。涼は周囲を見渡した。そしてすぐ先に、崩れかけた納屋を見つけた。


「全員、納屋に入れ! 籠城するぞ!」


 五人は納屋に飛び込み、扉を引き閉めた。圭介と修平、そして涼が力を合わせて扉を押さえる。美咲と悠里は、急いで重しになりそうなものを探した。


 ……だが異形はすぐに扉を叩き始めた。


 ドン……ドン……ギチギチギチ……


 その力は強く、扉がわずかに歪む。

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