④ 信念と真心が交わり、物語が始まる
あれから星司は、部室にも顔を出さず、家に直帰して自室に籠る毎日を過ごしていた。
学校には出ているが、クラスメートとも一切会話せず、授業の内容も頭に入ってこない。完全に生きる屍であった。
そんな毎日でも続けていると、段々と心が冷えてくる。未来に対する罪悪感や羞恥心が徐々に薄れていくのだ。
しかし、頭の何処かに針でも刺さっているみたいに、変な熱が溜まって、言葉にならない思考がぐるぐると駆け巡って気持ち悪い。
ふと窓から外を見ると、日が沈みはじめた空に、綺麗な上弦の月が昇っていた。
「…、」
星司は、何とはなしの気分転換に外に出ようと思い立った。
自転車にも乗らず、上を見ながら、とぼとぼと歩く。
ただぼんやりと何も考えず、月が良く見える所に移動しようと当ても無く彷徨っていった。
「ふぅー………。」
ゆっくり息を吐くと、涼しい夜風が、体に留まっていた熱を冷やしてくれる。
ふと周りに目を向ければ、そこはいつもの川沿いの土手だった。
(今井さんが居たらどうしよう──いや、大丈夫だ、今日は塾の曜日じゃないし!)
そもそも観測会をしなくなったのに、彼女が来る訳がない。
特段、天体イベントも無いし、望遠鏡だって無いのに──、
「…加古君?」
「え──?」
「加古君も、お月様…、見に来たの?」
穏やかな雰囲気の未来が、そこに立っていた。
──────────
「──ご、ごめ、ごめんっ今井さん! 病気の彼女なんてっ居ないんだ! 全部──全部、嘘なんだ…!」
もう誤魔化している場合ではないと覚悟を決めた星司は、いきなり頭を下げて罪の告白をした。
手が震える。変な汗が止まらない。舌も回らない。
「僕は、女の子と付き合ったことなんてないし、幼馴染みも居ないっ。
この指輪も露店でぼったくられて買った安物だし、使い倒して元取ってやろう──って、でも恥ずかしくって──見えない様に隠して学校まで持って来てただけ、なんだっ…!!」
罪悪感と劣等感でくらくらする頭を無理矢理に抑え込み、惨めな事実を叩きつける様に絶叫する。
辺りは静寂に包まれた。
沈黙が、とても耳に痛い。
口の中にとんでもなく苦い汁が広がり、上手く唾が飲み込めない。
鳩尾辺りに不気味な痛みを感じる。しかし、暴れる様に膨らむ罪悪感で圧迫された胸が、もっと苦しく痛い。心臓が、割れて出血している気さえする。
ややあって。黙って聞いていた未来が、月を見上げながら言葉を発した。
「──ううん。加古君は、ちゃんと良い人だよ。」
「──へ…?? いや、説明、分かんなかった?? 今井さんを騙した悪人なんだよ…?」
「悪人なんかじゃないよ。」
「い、いや、でも──」
未来の顔が再び星司へと向く。
星司の弱気を断ち切る様な真剣な眼差しで、少女が彼の瞳を見つめた。
「──だって、私と一緒にUFO、探してくれたでしょ?」
「え──。」
「私、皆に嘘付き呼ばわりされて、笑われて。凄く、悲しかった。家族も友達も、誰も信じてくれなかった。
でも、加古君だけは、信じてくれた。」
「それ…、それは…。でも、そんなことで…──」
「『そんなこと』じゃないよ。
──それとも。加古君も、UFOが居るって、信じてないの? それも、嘘だったの…?」
未来の顔が、今度こそ本当に曇る。今にも泣きだしてしまいそうだ。
星司は、嘘をつくことはもうしたくない。
だが、それ以上に。
彼女を悲しませることは、もっとしたくない…!!
しかも、本心を語るだけだ。必死に勇気を集め、声に乗せる。
「──! い、いや! UFOは、宇宙人は、必ず居る!!」
「!」
「全ての現象には理由が有るっ! 少なくとも、結果を生み出す原因が絶対に存在する! 誰かが厳然とその存在を語っている以上、そこには一定の真実が含まれている! それだけは間違いない!」
「…うん! そう! 私も、そう思う!」
花の咲いた様な笑顔を見せる未来。
星司は自分の体温が数℃高くなった様に感じた。汗で冷えた夏の夜なのに、優しい春の陽気に包まれた様な気がする。
「この気持ちを、肯定してくれた加古君だから。
──好きなんだよ! 私!」
「わ──わ──!?」
とてつもなく突拍子のない爆弾発言に、星司の体は数℃どころか、炸裂した爆竹の塊──いや、星の大爆発を起こした様に、燃え上がった。
「加古君にとっては、私は、UFOを目撃しただけの証人とか、協力者にしか、ならないかもだけど…。私にとっては、大切…な、人なんだ。」
照れた顔ではにかむ未来に、オーバーヒート状態の星司の頭は反射的に答えを返す。
「や──、ぼ、僕も、好きでふゅっ!!」
「っ!」ぶふぅ!
盛大に噛んだ。恐ろしく噛んだ。そして笑われた。
神は死んだ。星司の心も死んだ。世界の終わりだ。さよなら。
「──。」さらさら…
「ああっ、笑ってっ、ごめんっ! 今の凄く『可愛く』ってっ!」お腹と口を押さえる…
必死のフォローまでされてしまった。
今なら羞恥心の力で超重力場を生み出せそうだ。
穴が出来るなら、入りたいから丁度良いね…。
超重力で、身も心も、情報単位すら残らないよ…。
星司が宇宙の真理を知覚している間に、未来は呼吸を整えて真っ直ぐに彼に向き直った。
「それじゃ、これからもよろしくね。──加古君♪」
漆黒の闇すら溶かし消し去る、熱を帯びた優しい声色に、事象境界面の向こう側に飛んでいた精神が引き戻される。
「あ、はい…。よろしく、お頼み、申し、ます…。」
それが、しがない男子高生の、精一杯の返答だった。
これから先、少しズレた2人は、互いに手を取り合いながら、なんだかんだ頑張っていくことだろう──、
──────────
「あ、そう言えば、『ウォッチャー』のお仕事は大丈夫なの? 暗黒教団さん?が動き出すんだよね。私にも手伝えることって有るかな?」
「そっちは信じたままなのー!?!?」なんでー!?
2人の道行きは、前途多難──かもしれない…。