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うずのかなた

作者: 藤野あきら

 彼女はとても幼く 純粋で 無邪気だった

 彼女が好んだものは全て 彼女のそばで永遠にあり続けた


   ――☆――☆――☆――


 小石が音を立て落ちてゆく。一寸先は崖と――絶えず渦巻く潮が広がっている。近付くもの全てを飲み込み、底の無い海に引きずり込む潮。かつてここに存在したという、神秘に満ちた国を丸飲みした潮。その端はおろか、中心さえ見えない。

 カラコロと小石が落ちてゆく。ゴォォォッと響き続ける音に消える。

『シエリル、危ない』

 不意に、背後からそっと抱かれる。彼女はそのまま、僕を潮から遠ざける。

「やぁ、ユンナ」

 潮から十分離れたところで、彼女を振り返り笑みを浮かべる。

『あれに近付いちゃダメよ』

 彼女はその、つややかな白い毛に覆われた腕を放す。

『前も言ったでしょ? 類人猿ゴリラになるのは嫌なの』

「ふ~ん。何で?」

 僕の質問にため息をつき、彼女は両腕を地につける。その姿が輝き、小柄で身軽な雪豹へ変わる。

『何度も言わせないで』

 うん、ごめん。わかってるよ。人間やそれに近いものに、なるのは嫌なんだよね

 口に出さずに謝る。彼女には聞こえないが、感じ取ることはできるだろう。彼女は僕を一瞥し、優雅な足取りで森へ戻る。僕はもちろん、その後を追う。

『……わかったんでしょ?』

 僕は苦笑を思わずもらす。やっぱり気付いていたんだ。

 僕が彼女を見つけてから一ヶ月。その大半を、僕は彼女が何者か知るために費やした。彼女の言葉から少ない手がかりを拾い、ありとあらゆる書物を読み、やっと見つけた答え。今日は、それを確かめるために来た。

「多分」

『……湖に着いたらね』

「答えてくれるの?」

 突如歩を止めた彼女を、危うく蹴りかける。こちらを向いたネコ科特有の目が光る。

『今日は特別。どう伝わってるか、知りたいし』

 そう言って再び歩き出す彼女。僕は何とも言えぬ気持ちで彼女を見つめていた。


『―――で、どこから始めるの?』

 豹からリス(もちろん白い)になった彼女を見つめる。まずは最初が肝心だ。何一つ見逃さぬよう、彼女の目をのぞき見る。

「神秘の姫君、ユーンティナッテ・レイアテシュル」

 この一ヶ月、ずっと青かった瞳が色を変える。一瞬で白くなり、徐々に紫に染まる。

 確か白は驚き、紫は……忘れたな

 だが、これではっきりした。

『ユーンティナッテ・レイアテシュル。ふふっ。久々に聞く名ね。彼女のこと、どう伝わってるの?』

「……姫君は、本当に姫だったの?」

『えぇ。彼女はアレに飲まれた国の王女。神秘の姫君、または……永遠の姫君と、呼ばれていたわ』

 僕は草むらに身を沈める。最後の確認はもうできた。僕は彼女が誰なのか知った。

『彼女について、どのくらいわかったの?』

「数多くの不思議な力を持っていて、その一つが永遠。呼び名はそこからきてるんだって」

 リスが僕の胸の上で丸まり、白猫となりのどを鳴らす。

「姫に力を分け与えられると、それは何であれ永遠となった。美しく咲いた花だったり、音色だったり、光だったり……永遠に、そのままの姿を留めたんだ。姫は、様々な美しいものを愛した。姫が愛したものは、いつまでも、姫のそばにあり続けた』

 猫をそっとなでる。ゴロゴロという音はまだ続いていた。

「でも、なぜか国ごと全て消え去った。……何があったの?」

 喉の音が止む。しばらくユンナは答えなかった。

『わからない。今となってはもう、わからない。彼女も含め、皆、あまりにも無知だった。全てが原因であり、無知が原因だった』

「今、推理することは出来な…――ったぁ!」

『ごめん』

 一瞬、猫が爪を立てた。ヒリヒリと痛みが残る。

『ごめん、シリエル』

 申し訳なさそうな声が届く。猫は僕の隣に飛び降りる。

『ごめん』

「これくらい、平気だよ」

「……違う。違うの」

 いつもは頭に直接響く声が、聴覚を刺激する。僕は驚いて隣を見た。

 銀白色の髪と憂いを秘めた金の目。銀砂が振られた金紗をまとう少女が、見下ろすようにして立っていた。

「違うの……違うのよ」

 あまりの美しさに声を失っていると、少女は軽く首を振って言った。

「私は今、嘘をついたの」

「……嘘?」

「えぇ」

 僕は身を起こし、少女を見つめる。少女はゆっくりと、語りだした。

「彼女は、美しいものを好んだ。美しいものだけを、好んだわ。理由は、彼女自身はとても醜かったから。醜いと思い込んでいたから。でも彼女は、最初から永遠の力を使っていたわけではないの」

「……そうなの?」

 そのことは、どこにも書かれていなかった。少女はそっとうなずく。

「彼女が永遠を与えだしたのは、彼女の姉が――彼女が最も慕い、最も美しいと思っていた姉が亡くなってからよ。彼女は、不変のものは存在しないと知った。力を使わない限りは……」

 少女の声が、徐々に小さくなっていく。僕は身じろぎ一つせず、少女の言葉に耳を傾ける。

「それから彼女は、気に入ったものに、片っ端から力を与えていったわ。銀嶺の上に満開の桜が立ち、道には紅葉の絨毯が敷き詰められる。舞台では毎晩、彼女が好む劇だけが行われ、食後のお茶はいつも同じ味の紅茶とお菓子。いつも同じ場所に、同じものが存在している。この現象は、彼女が足を運んだ全ての場所で起こったわ。隣国も例外なく」

 ここで一旦、少女は口を閉ざす。目を伏せ、息を整えるかのように呼吸する。

「……ユンナ?」

 少女は微笑む。が、すぐにそれを消し、続けた。

「人々は彼女を神と崇め、彼女が好んだものを敬った。……でも、それはすぐに終わりを迎えたの。美しいけれど、いつも同じ状態に飽きたのだと思う。彼女は、ある日突然、与えた力を全て回収したの。そして、崩壊が、始まった……」

「…………えっ? 何で?」

 永遠でなくなっただけで、なぜ?

 そう訊くと、少女は空を見上げ、両手を広げた。

「全ては可変。絶えず変わり続ける。その流れを止めたら? 変わろうにも変われないため、変わるためのエネルギーは消費されぬままどんどんたまり続けるわ。なら、それをいきなり、いっぺんに流したら? エネルギーが膨大過ぎて、ショートしてしまうのよ」

「……つまり、変わろうとする力が大きすぎて、耐えられずに崩壊してしまった。てこと?」

 少女は手を下ろし、頭を垂れる。

「えぇ、そうよ。しかも、彼女はその強大過ぎる力を以て、国を丸々六つ――隣国も入れてね――永遠にしていたのよ。結果、人も大地も海も空も、全て無くなってしまった。……あの渦はね、ただのカモフラージュ。本当は存在していないわ」

 少女は僕の顔をのぞき込む。

「これが全て、よ」

 僕は茫然と少女を見る。想像以上に、巨大な話だった。このことは恐らく、僕ら以外は誰も知らないだろう。どこにもそんなこと書かれてなかったのだから。

「それが……君の、罪?」

 少女は目を丸くし、苦笑した。

「違うわ。私の罪は、レイアテシュルを止められなかったことよ」

「なら、何で――」

「何で、今まで生き続けてるのか? て訊きたいんでしょう? ……私、もう一つ嘘をついたわ。彼女は、私に与えた力だけは回収しなかったの。私はね、彼女にこの姿を与えられたの。彼女の姉に似せた、この姿を。彼女は、姉だけはもう二度と、失いたくなかったのよ」

 僕は言葉を失った。予想が外れていたから。そして――

――ユンナの、あまりに悲痛すぎる、憂いをまとった笑みに……

「…………」

「シエリル、もうあの渦に……いいえ。この森に、近付かないで。あそこは今も崩壊し続けているの。いずれはこの森も、飲み込まれるわ」

 そして、僕らは二度と会わなかった。そう、永遠に。


   ――☆――☆――☆――


 彼女はとても幼く 純粋で 無邪気だった

 彼女が好んだものは全て 彼女のそばで永遠にあり続けた


 そして 彼女は 好んだものと共に消えた

 ただ一つ 姉の似姿だけを残して

初の短編です

夜中に書き上げたものなので……どこか矛盾したところなどがあるかもしれません


読んでくださった方、ありがとうございます

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