フェンリル帝国と、少年
はじめまして、アクリルレンガと申します。このアカウントを作って何度も何度も書いていたのですが、どうしても自分の世界に入り込んでしまったり論理が通っていなかったりと、色々あったので改めて新しく書くことにしました(※他の作品は全て闇に葬られていて私ももう思い出せません)。自分に酔って難しそうな漢字とかニッコニコで使ってしまう可能性がありますが、頑張ってそれを抑えたいと...。思ってはいます、使ってしまったら反省しつつでも多分また使います。
真面目な話をしますと多分投稿頻度はかなーりおっそいですが面白いと思って頂けましたら気長にお待ちくださいませ。
それでは。
暦は秋節706年元日を示し、所はフェンリル帝国の中心街を指す。時間はおおよそ午前2時、淡い月の光が雲の隙間から漏れ出てくる。
せまい裏路地、ゴミの腐敗臭が辺りに充満しているために、ネズミですら逃げ出すような荒みきった土地になっている。
辺りの明かりはほぼ無く、月と星の光だけが大地を照らすのみ。人通りがただでさえ少ない細道のその隙間に、当然のごとく人の、というより生き物姿は見えない。
……はずなのだが。
「ウゥ……。んだよてめぇ、何が目的なんだよ!?」
2人の男が争っていた。
片方は頭にバンダナを巻いた男、今ちょうど悪態をつきながら暴れている方。
もう片方にいるのは、生気をまるで感じない目をした男。歳はまだ成人していないくらいの少年というべきか、体つきはもう一人に比べればまだまだ華奢で、筋肉もさほどないように見える。
この2人がどういうわけかこの時間に、この場所にいたのだった。
「目的? 目的ねぇ……。別に僕自身がなにかあるってわけじゃないよ」
静かに、少年がささやいた。
顔色ひとつ変えずに男の胸ぐらを掴みながらそう言う。馬乗りになっているから、バンダナの男も暴れることは出来ても、腹の上に座る少年をどかすことができない。
男はより一層声を荒らげる。
「ふざけんなよ、こっちは今からお楽しみだったってぇのによ。なにしてくれてんだてめぇは」
そういった男の視線の先には明かりがついている店がある。おそらく風俗だ。男の発言と立地を考えればなんとなく察しがつく。そして彼がこうして地面に伏しているのは店の前で急に襲われたとか、そういう背景なのだろう。不機嫌をあらわにして、男は少年に大きく吠えた。が、少年が動じることはなく。
「え? だからなに?」
キョトンとした顔であっけからんと言い放つ。
「あのね、一応言っておくとさ。僕は君のことどうだっていいし、君がこれから何するとかも僕からすればご勝手にどうぞってワケ。ただそこに君がいた。理由はそれくらい。そこは分かるよね?」
「……はぁ?」
面識もない男に急に襲われて理由がそれか? と睨む男に、少年はため息をついた。
「分かんないかなぁ。あー、めんどくさ。あんためんどくさいよ。もういいや」
一息。少年に常識は通じない。
「死んで」
「ッ!?」
懐の短刀がグサリ。確実に心臓を狙った一撃。
「ガフッ……、ッゴホッケホッ……」
男は口から血を吐き出して目をあちこちと動かした。体がじんわりと熱くなる。きっとその熱は血だ。体を巡る鮮血だ。
まだ男の頭の中では、風俗の綺麗なお姉さんたちが自分を歓迎してくれる風景が浮かぶのに。どうして俺は知らない男に馬乗りにされて、変なことを言われて、刺されたんだろう。
あぁ、これが死、なのだろう、か。
「あ、意識保ってたらまだ辛いままだよ。これ話が分からない君にすら優しい僕の情けだと思ってね」
なにか、なにかを少年が言った。そうして。
グサリ。
男は絶命した。
「えーっと、リストリスト……」
人を一人殺したというのに、少年は酷く冷静な様子で自分の肩に提げた鞄を探りはじめる。しばらく時間をかけて、ようやく鞄から手を抜いた。
何重にも重なった紙を手に取った少年は、それをパラパラとめくり始める。
「この男の人は、えーっと。……んー、名前聞いておけばよかったなぁ」
頭に疑問符を浮かべながら一枚、一枚とめくっていく。と、
「あ、この人かな。名前はアダラム、王子。ん? 王子だったんだこの人。罪状は、趣味の女の生首を集める……。こりゃあ相当な悪趣味だなぁ。悪い人には見えなかったんだけどなぁ」
どうやらその紙には様々な人の顔写真と、個人情報が書かれているようだ。血が男の顔についているが、だいたいの顔のパーツは合致する。
ブツブツとぼやく少年。生ゴミの匂いが人間の生き血に汚染されていく。
時計の針は長針が少し動いたくらい。夜を照らす月はまだまだはるか上空にある。
「じゃ、お仕事終わったからサクッと帰りましょー、の前に」
少年は男から少し離れて、あぐらに足を組み変えて座り直した。
そうして、少年は片方の手を自分の心臓に、もう片方を手のひらを上に向けて横につき出した。ここで大きく息を吸うと。
『天明よ。悪しきものに裁きを与えたまえ。憂いを破り、嘘を貫き、その死に試練を与えたまえ』
『悪しき心に鉄槌を』
少年がそう言い放つ。途端に、男を中心にして青い光が男を包む。その光はまるで青白い炎のようで、禍々しさを感じる。
その光は数十秒程度で勢いを落としていき、気づけばその光とともに男の死体も一瞬のうちに消えてなくなった。後に残ったのは、汚い裏路地であぐらをかいている少年のみ。
少年は男の顔写真を先程の紙束から取り出して、短刀で器用にバツを書いた。
その紙を、外壁に短刀で刺して見せしめのように仕立てる。バツがついているから手配書のようにも見えるその紙だが、あいにく人目のつかない場所のためきっとこれがすぐに見つかることはない。
ただ、一つ言えることはちょうど今、この街で人が一人死んで、そうしてその死体はなにも残さずに跡形もなく消えていったということ。
それをしてみせた少年は、大きなあくびをしながらゆっくりと立つ。散らかったものを全てぐちゃぐちゃに鞄に入れると、また一つあくびをして眠そうにしながらその場を後にしていった。
少年の名はドクロ。あざはなく、ドクロのみが名前である。
この世の全てに諦めたような表情をしており、常にため息とあくびを繰り返す。衣服は動きやすさで選ぶため、常に軽装備だ。今日はカーキ色のズボンに白いシャツ、その上に上着を羽織っている。首元には動物の牙で作られた首輪を身につけ、ズボンには手提げ鞄とは別にパンパンに膨らんだ小さな鞄を2つぶらさげている。上着には内ポケットがいくつもあるようで、そこには先程のような短刀が何本も入っていた。
どう見ても日常を当たり前に生きている人間ではない。
話は変わってフェンリル帝国の話に切り替わる。
フェンリル帝国はジオウという大陸の最も東に位置する帝国。帝国はこの土地を長く収める一族によって成り立ち、よその国とはほとんど敵対関係にない、平和な国家だ。
が、中立国家などではなく、有事の際にどの派閥にも属することができるように、軍人を多く擁する武装国家の一面もある。
国民は戦争など当然知らない上に、目に見えるような犯罪ごとなんてこの国の人間がするわけがないという認識を誰しも持っている。
どこの国の人間も、何かあればフェンリルへと逃げ込んでしまえば自分の身をどうにか守れる、という共通の考えがあるほどにはフェンリルは安全な土地なのだ。
ここで話を少年ドクロに戻そう。
その平和な帝国の、それも帝の城にまっすぐ繋がる中心街から抜けた細い路地裏で、ちょうど人が死んだのだ。死んで消えたのだ。これをしでかす人間は、フェンリルには普通いない。
ドクロのこの行いは、そのフェンリル帝国の平和の裏付け
を消し去ってしまう重罪であり、ドクロ自身いかにおかしいかが分かる。
これがきっかけでドクロは追われる身となる。
だが、今の彼がそれを知る由もなく、ただただあくびを繰り返しているのはなにも不思議なことではなかったのだ。