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前編

ビブリオ小説と言い張らせていただいてもよろしいか。





 その利用者様は、とてもお困りのようでした。

 何故か、片手にポットをお持ちになって。


「何かお探しですか?」


 その方に声をかけた瞬間、私の毎日は大きく変わっていったのです。






 ご紹介が遅れました。

 私は、国立魔導図書館に勤めるリブラと申します。

 こちらの蔵書を管理するのが、私の仕事です。


 蔵書の管理と一口に言っても、業務内容は多岐にわたります。

 資料をお探しの利用者様へのご案内。

 利用者様への貸し出しと返却手続き。

 本棚の整理と、破損している本の補修。

 新しく購入する本の選定

 目録の作成。

 それから、あまり頻繁ではありませんが、魔導書や魔道具に関するトラブルの対応をすることもあります。


 魔導図書館勤務と言うと、一般の方にはよく誤解されるのですが、私自身は魔導士ではありません。


 ご存知の通り、国立魔導図書館には魔法に関する研究書や学術書、論文などが数多く所蔵されております。

 中には、それ自身が魔法の媒体であったり、手にとっただけで魔法が発動するといった、取り扱いに注意を要するようなものもあるのです。


 そういった蔵書は、多くの場合、人間の持つ魔力に反応するよう設定されています。

 ですから、魔力の多い魔導師や魔法使いは、魔導図書館の蔵書の管理には向きません。

 私のような魔力のない人間でなければ、魔導図書館に勤めることはできないのです。


 とは言え、蔵書が魔法に関する研究書や学術書である以上、魔法の知識は不可欠です。

 それこそ、並の魔法使い程度の知識では不十分。

 なにしろここにいらっしゃる利用者様たちは、魔法研究の資料を探しにいらしてるわけですから。



 ところが、この日お見かけした利用者様は、どう見ても魔導の研究などにはご縁がない方のように見えました。

 なんと言いますか、街で見かけても記憶にも残らないような、普通のおじさんといった雰囲気でしょうか。

 そんな方が、片手にポットを持ち、呪術関連の書架の前で途方に暮れたように立ち尽くしています。


 実は、こういったことは珍しくありません。

 書架の前でお困りになっているということは、国立魔導図書館には馴染みのない利用者様なのでしょう。


 先程もお話しした通り、国立魔導図書館の蔵書は、魔力のある人が触れるだけでも危険なものがあります。

 ですから、蔵書は書架に陳列されていても、私たち図書館職員でなければ取り出すことができないような魔法がかけられているのです。


 そういった理由から、一般書籍を扱う通常の図書館と違い、魔導図書館を利用する際はまず職員をつかまえるのが鉄則です。

 この方は、それをご存知ないようでした。


「何かお探しですか?」


 私が声をかけると、利用者様はとても安心された顔をされました。

 それから、とても困ったようにお話しになったのです。


「実はその……ポットにかけられた呪いを解く方法を探しているんです」


 と。



 半ばこの事態を予想していた私は、利用者様を閲覧室に案内しました。

 私の経験上、魔導図書館に不慣れな方が呪術の書架にいる場合、なんらかの魔道具トラブルでお困りのことが殆どです。

 そして殆どの場合、それが魔法とも呪術とも関係ないということも。


「いやはや、お恥ずかしい話なのですが……」


 そう言って話し始めた利用者様のお名前は、クライスさん。

 どうやらクライスさんは、私の予想通り魔道具トラブルにお困りで、国立魔導図書館へとお越しになったようです。


 しかし、そのトラブルの内容は、予想もできなかったようなことでした。


「実は、我が家の魔道ポットから、パンツが出てくるようになったんです」


「…………パンツ、ですか……」


「そうです。パンツです。何故か突然、お湯ではなくパンツが……それも、女性もののパンツばかりが……これは我が家のポットがパンツに呪われたからではないかと」


 どうしたらポットがパンツに呪われるようなことが起こるのか、全くわかりません。

 ですが、真顔でパンツを連呼するクライスさんは、真剣そのものです。

 私も真剣にお話を聞きました。


「それだけでは呪いかどうかはわかりません。もし差し支えなければ、実際にパンツが出てくる様子を見せていただいてもよろしいでしょうか?」


「え? ……ですが…………あなたのような若いお嬢さんにお見せするようなものでは……」


 クライスさんが、躊躇しています。

 私のことを『若い』と侮っているわけではなく、『お嬢さん』と気遣ってくれたのでしょう。

 ですが、私も下っ端とはいえ国立魔導図書館の一員。

 普段から、研究一筋で常識というものの持ち合わせが少ない高位魔導師様たちの無茶ぶりに付き合わされている身としては、今更パンツ程度で恥ずかしがったりすることはありません。


「心配なさらないでください。この閲覧室は、あらゆる魔法や呪いを発動させないようになっています。ご配慮はありがたいですが、私もこの図書館の職員として、クライス様のお困りごとの解決をお手伝いさせていただきたいのです」


「……そうですか。わかりました」


 私の真剣さが伝わったのでしょう。

 クライスさんは、意を決したような面持ちで、ポットの給湯ボタンを押したのです。


 その瞬間、ポットの給湯口からパサリと小さな布が吐き出されました。

 確かに女性もののパンツのようです。


 しかし私は、その薄い水色のパンツにとても見覚えがありました。

 クライスさんに気づかれないよう、そっとスカートの上から自分の股間に触れてみます。


 ……ありませんでした。


「このように、近くにいる若い女性のパンツが出てくるようになってしまったんです。本当にお恥ずかしい限りでして……」


 これは本当に恥ずかしいです。

 そういった重要なことは、できれば先に言っておいてほしかった………………




 *****




 ただ1つ、これでハッキリしました。

 あらゆる呪いも魔法も発動させない閲覧室で起こった以上、ポットの奇行は呪いや魔法の類ではなかったということです。


 実は魔道具トラブルの殆どは、欠陥魔道具や耐用年数を超えた使用による、誤作動が主な原因なのです。

 魔道ポットの場合、お湯を沸かす魔法とそれを行使するための魔力が付与されています。

 ポットには魔力があるため、何らかの原因で不具合が起こったとき、本来ならお湯を沸かすはずの魔法が全く別の魔法に変質してしまう、ということがあるのです。

 例えば、お湯の代わりにパンツを出す魔法、とか……


 魔道具は誰でも手軽に扱うことができる反面、その構造や理論を理解して使用している人は殆どおりません。

 ですから、魔道具になんらかのトラブルが起こると、大抵の方はまず呪いを疑ってしまうようなのです。


 ポットを持ち込んだクライスさんも、その大抵の方の1人でした。

 ただ、誤作動の内容が内容だけに、呪いを疑ってしまったのも無理ないとは思いますが……



「――そんなわけでですね、このポット、近くに若い女性がいないときは普通にお湯が出るそうなんです」


「はぁ? つまり私は若くないっていうワケ? ポットごときに私の何がわかるって言うのかしらね? ねえ、リブラ?」


 ポットの給湯ボタンを連打してお湯をじゃばじゃば出しながら、少々苛立った声をあげたのは職場の先輩であるシーニャさんです。

 彼女が若いか若くないか、それについては黙秘を貫きます。


 クライスさんの持ち込んだポットは今、国立魔導図書館の職員休憩所に置かれています。

 こういったことも、稀ではありますが珍しいことではありません。


 魔道具は購入するのは簡単ですが、処分するとなると様々な手続きと処理費用がかかります。

 ですから、魔導の研究に役立てるという名目で、処理に困った利用者様から押し付けられ……いえ、お譲りいただくことがあるのです。



 クライスさんは、ここ10年ほどは奥様とお2人で暮らしていらっしゃいました。

 それゆえ今までパンツのことは全くご存知なかったそう。

 ところがこのたび、ご長男さんが結婚されて、お嫁さんと4人で同居することとなったのです。

 そして先日、ご自宅にお嫁さんがいらしたときに、このポットがやらかしてしまった、と。

 お嫁さんは恥ずかしさから泣いてしまい、ショックでそのままご実家に帰られてしまったのです。

  

 今はお嫁さんも落ち着いてらっしゃるそうですが、同居されるとなるとこのポットがどうなるか……火を見るよりも明らか。

 そこで、クライスさんから件のポットを押し付……いえ、お譲りいただいた、というわけです。


 私としてはお断りしたい気持ちもありましたが、現在の国立魔導図書館にいる若い女性職員は私だけ。(※シーニャさんについては黙秘します)

 私さえ近づかなければ、このポットは正常に動作するのです。


 今更おかしな魔道具の1つが増えても職員の誰も気にしませんし、むしろちょうどポットが欲しかったのだと皆さまには喜ばれました。

 恐らく、全職員の中で嬉しくないのは、私とシーニャさんだけでしょう。


「で、コレどーすんのよ。マジでお湯しか出ないわね、腹立つ」


「2メートル以内に近づかなければ、パンツが出てこないことは検証済みです。使用する際に、近くに若い女性がいないことを確認していただければ、問題ないかと」


「ああら、ということはアタシとポットは2メートル離れてたのねえ。それなら、お湯しか出ないのも納得だわ」


 ポットから10センチの距離で給湯ボタンを押すシーニャさんが何か言っていますが、黙秘を貫きます。


 それにしても、魔法でも呪いでもなければ、原因は何なのでしょうか。

 単なる誤作動と言うには、少々常軌を逸しているように思えます。


「あら? このポット……」


 給湯ボタンを押すのをやめて、ポットを眺めていたシーニャさんが、ある一点に目を留めました。

 ポットの底の部分です。

 私も既に確認していますが、底にはポットの製作者の名前や製作年が記されていました。



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