ジュリオ
古文書を解読した翌日のこと。
まだ日が昇って間もない早朝、私はミャーコとともにヴィネンツェ市街のとある場所に向かっていた。
絵の具の素材を採取するためには街の外に出ないといけないのだけど、そこには多くの危険が待ち受ける。
もっと具体的に言えば、『魔物』と呼ばれる人間に危害を加える存在と遭遇する可能性があるのだ。
私は魔法を使って戦えないこともないのだけど、こと戦闘に関しては素人の域を出ない。
ミャーコは私より全然強いと思うのだけど、魔物との戦いの経験は……まあ、ランティーニ家の幽霊騒動で悪魔ネロスと戦ったりはしてたけど、やはりここはもう一人二人くらい専門家が欲しいところ。
ということで、その専門家……『冒険者』が集まる場所である『冒険者ギルド』で護衛してくれる人を探そうというわけだ。
「だれか依頼を受けてくれる人がいると良いのだけど……」
冒険者たちはより割の良い依頼を受けるために早朝から行動を開始する。
だから私たちもそれに合わせて早く行かないと、依頼を受けてくれる人がいなくなってしまう。
「ミャーコひとりでも、マスターをお護りすることはできますニャ」
「ミャーコは強いものね。でも街の外は何が起きるかわからないし、あなたの負担を減らすためにももう一人くらい欲しいのよ。魔物は群れで襲ってくることもあるから」
「……分かりましたにゃ」
「ふふ、そんな不満そうな顔をしなくても、ちゃんとあなたのことも頼りにしてるわ」
「ニャっ!!お任せくださいニャ!!」
頼りにしてると私が言うと、彼女は嬉しそうにして気合を入れ直したみたい。
この子、私を護るのが使命みたいに思ってるらしいから。
護衛を受けてくれる冒険者さんと仲良くしてくれると良いのだけど。
そして工房のある丘から市街地に入り、大きな通りに出てから街の入口の方に向かう。
多くの商店が軒を連ねるこの通りはヴィネンツェのメインストリートで、街の表玄関にあたる外壁正門から王城正門までほぼ一直線に中心市街を貫いている。
その名も『凱旋の道』。
その昔、街を襲った巨大な魔物を撃退した英雄たちの凱旋を記念して名付けられたそうだ。
いくつもの運河を渡るため、そこに架かる橋の数もかなり多い。
日中は王都で最も人通りが多く賑やかなこの通りも、早朝の今はほとんどのお店は閉まってるので人影は少ない。
それでもそこそこの往来はあって、中には私と同じようにギルドに向かってるのであろう冒険者たちの姿も見られた。
さて……心持ち早歩きで、もうそろそろギルドに到着するというときのことだった。
「あれ?マリカじゃないか?」
そんなふうに、誰かが私に声をかけてきた。
「え……あ!ジュリオじゃない!」
声のした方を振り向くと、そこには見知った人物が立っていた。
私よりも少し年上……たしか18歳だったと思う。
金に近い茶色の短髪に焦げ茶の瞳、取り立てて目立つ容姿ではないけど、そこそこ顔立ちは整ってる方かしら。
まだやんちゃな少年の面影を感じさせ、愛嬌がある。
革の軽鎧に、腰の佩剣はごくありふれたショートソード。
背中には大きな背嚢を背負い、それとは別に小さな肩掛けの鞄を下げていた。
いかにも冒険者という風体の彼の名はジュリオ。
私が何度か依頼をしたことがある顔馴染みだった。
「よお、久しぶり。アンタがこんな朝っぱらからギルドに向かってるって事は……もしかして、また採取依頼か?それとも……」
「今回は護衛の方。採取は自分でするつもりだから。ジュリオはこれから依頼を探しに?」
ここで彼に会えたのはちょうど良かった。
どうせ依頼するなら気心の知れた相手のほうが何かと気楽だから。
もし彼がまだ依頼を受けてないなら、是非お願いしたいところだけど……と思って、彼がまだ依頼を受けてないかどうかを聞いてみた。
「あぁ。前の依頼が結構大変だったんでしばらく活動を休止してたんだけどさ。もうそろそろ働かないと流石に腕が鈍っちまう……と思ってな。採取の護衛なら慣らしにはちょうど良さげだし、付き合うぜ?どこに行くつもりなんだ?」
私の期待通り、彼はそう言ってくれた。
そして目的地を聞かれたので、それに答える。
「太陽の海岸のもっと先にある岸壁に、『青の洞窟』っていう洞窟があるんだけど、知ってる?」
「あ〜、知ってるぜ。行ったことはないが……確か、そんなに強い魔物は出なかったはずだ」
「そりゃあね。あんまり強い魔物が出るところに自分で行こうなんて思わないもの」
「ふぅん……マリカは魔法使いとしての腕も結構イケてると思うがなぁ……」
「私なんて、お母さんに比べたら全然よ」
「それは比較対象がおかしいだろ」
ジュリオはそう言ってくれるけど、例え上級魔法が使えたとしても経験が伴ってなければ宝の持ち腐れよ。
実験を重ねて経験値を積むつもりもないですし。
何事も専門家に任せるのが吉よ。
ともかく私の護衛依頼を彼が受けてくれることになり、正式に手続きするために一緒にギルドに行くことになったのだけど。
彼は今度はミャーコの事が気になったようだ。
「そんで……こっちの猫獣人のお嬢ちゃんは?」
「お嬢ちゃんじゃないですニャ。ミャーコはマスターの一番の護衛ですニャ」
「ご、護衛……?そんな形でか?」
今のミャーコの格好はいつも通りのメイド服姿なので、ジュリオが怪訝な顔をするのも仕方がない。
これ以外の服装もできるしお願いすればもっと可愛い服にもなってくれるのだけど、『仕事』のときはこれと決めてるみたい。
一応、武器が果物ナイフでは心許ないので、戦闘用の双短剣を買ってあげている。
一緒に武具店に行ってアレコレ悩みながら彼女自身が選んだものなんだけど……見た目10歳くらいの女の子が刃物を手にして喜んでいる絵面は、ちょっとどうかと思ったものだ。
本人が凄く喜んでいたので、まあ良かったんだけどね。
ジュリオの言葉にミャーコはちょっとムッとしたような顔をしてるけど、私の知り合いというこで我慢しているみたい。
ここは彼女の名誉のためフォローしておきましょう。
「ミャーコはこう見えてかなり強いわよ。私が『生み出した』自慢の娘なのよ」
「生み出した……娘……?え?この子、どう低く見積もっても10歳くらいなんだが……」
あ……何か誤解されたみたい。
いやでも、どう考えてもそれは無理があるでしょう。
「違う違う、そうじゃないわよ。この子は私の魔法絵から具現化した存在なの」
「え……マジか。魔法絵ってそんな事もできるのかよ……」
「ふふん、凄いでしょ」
「マスターは凄いのですニャ!」
驚くジュリオに私が自慢すると、ミャーコも自分のことのようにドヤ顔になる。
う〜ん、可愛いわね〜……ナデナデ。
……とにかく。
これでわざわざ護衛探しをしなくて済んだことだし、さっさと手続きを済ませて採取に向かいましょう!




