古文書
お母さんが持ってきてくれたのは、『創世の書』と呼ばれる古代の魔導書の一部だという。
その存在は知られていても、現存が確認されているのは僅かなページの写しばかり。
原本に至っては全くの所在不明という稀覯書中の稀覯書だ。
当然その価値は計り知れないのだけど……
「これ……どうしたの?写しですら国の書庫で厳重に保管されてるようなシロモノでしょう?……まさか、勝手に持ち出してたりしないわよね?」
私には本当に甘くて時どき暴走することもあるから……と、心配にもなる。
だけどお母さんは首を横に振ってそれを否定する。
「とある貴族家が遺産整理をしてて〜。そこで、ものすごい数の魔導書が見つかってね〜」
続く話によれば、お母さんたち宮廷魔導士が所属する部署に鑑定依頼が持ち込まれたということらしい。
見つかった魔導書の多くは売却することになったけど、貴重なものについては国で買い取って王城の書庫に収蔵することになり、お母さんが持ってきてくれたのは、そのうちの一つということだった。
「魔法絵について重要な事が書かれてるのが分かったから、マリカちゃんのために借りてきたってわけ〜。もちろん許可ももらってるわよ〜。……まぁ自分で申請して自分で許可出してるんだけど」
それは結局、勝手に持ち出してるということでは?
ま、まぁ何にせよ私にとって必要なものではあるので、職権濫用には深く突っ込まないことにしておく。
収蔵されたあとに普通に許可をもらって閲覧すれば良かったのでは……というのも言わない。
だって、凄くいい笑顔してるんだもん。
気持はとても嬉しいのでお礼だけ言っておくわ。
「私のためにありがとう、お母さん。すごく嬉しいよ」
「あ〜ん、もっと言って〜」
私がお礼を言うと、母さんはゴロゴロと猫のようにすり寄って甘えてくる。
まったく……これじゃあどっちが娘なんだか。
「もう……ほら、アンゼリカが呆れてるわよ?」
すっかり取り繕わなくなった母さんに、アンゼリカはすっかり置いてけぼりをくらって唖然としていた。
「え……いえ、別に呆れてはいないけど……でも、マリカを溺愛してるとは聞いてたけど、まさかここまでとは思わなかったわ」
「まだ屋敷にいたときはもう少しマシだったんだけどね……」
私が独り立ちして少しは子離れするかと思いきや、余計に悪化してしまったのよ。
長期間会わないとこうしてウチに突撃してくるものだから、週に一度は実家に帰って何がしかの成分(母さん曰く『マリカちゃん分』)を補給させてやってる。
私の前ではこんななのに、他の人の前では威厳あふれる『大魔導士』様だっていうんだから、ちょっと信じられないわ。
母さんは、見た目で言えば二十代半ばの絶世の美女なんだけど、実年齢は不詳。
長命種のエルフ族の中でも特に長生きらしいのだけど、本人曰く『300から先は数えてないわ〜。たぶん千はいってないと思うけど〜』とのこと。
もうなんか、いろいろぶっ飛んじゃってる人なのよね……
「とにかく……本当にありがとうね。これで研究が進むと思うわ」
もちろん何もかも一足飛びに進むなんて思ってはいないけど、こういう積み重ねこそが大事って事は分かってるから……今までの支援も含めて、お母さんには本当に感謝してる。
「いいえ〜。じゃあ私はそろそろ城に戻るわ〜」
「あれ?もう帰っちゃうの?」
意外に思った私はそう聞き返した。
「もっとマリカちゃんと一緒にいたいけど〜、流石に黙って出てきちゃったから、そろそろ戻らないと〜」
「……外出許可はもらってるって言わなかったっけ?」
「うん、もらってるわよ〜。……許可出すの私だけど〜」
魔導書の貸し出し許可と同じじゃない。
まったくこの人は……
「それを無断外出って言うのよ!早く帰りなさい!」
「や〜ん!怒ったマリカちゃんも可愛いわ〜!それじゃあね〜」
そう言って母さんは、入ってきたのと同じくらいの勢いでピュ〜っと部屋を出ていった。
「……嵐のような方だったわね」
「……面目ないわ」
ボソ……と呟くアンゼリカに、私はそう言うしかなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
母さんが帰ったあと、しばらくお喋りしてからアンゼリカも家に帰っていった。
そのとき家の外まで見送りに出たのだけど、そこにはランティーニ家の紋章を掲げた馬車が待機していてびっくりしたわ。
そう言えば彼女は大貴族の娘だった……と、自分のことを棚に上げて思ったものだ。
帰り際に私の蔵書の中から魔法絵師に関する本をいくつか貸してあげたのだけど、すごく感謝してくれた。
良いレポートができると良いのだけど。
私はもう何度も読んでほとんど内容が頭の中に入ってるので、返すのはいつでも良いって伝えたのだけど、来週には返すって自分で期限を切っていた。
そのあたり、アンゼリカはかなりしっかりしてるわね。
そして私は……今日はもう制作の手は止めて、お母さんが持ってきてくれた魔導書の解読をすることにした。
……そう。
その魔導書に書かれた言葉はそのままでは読めないので、解読する必要があった。
これはまあ、割といつものこと。
アンゼリカに貸した本なんかは現代の言葉に翻訳したものなんだけど、魔法絵師に関する記述が載っているような魔導書は大抵が古代語で書かれている。
だから私は古代語の辞書(お母さんのお古で貰ったもの)とにらめっこしながら魔導書に書かれた文章を地道に訳している。
私もだいふ言葉を覚えてるので辞書を引かなくても分かる部分もあるのだけど、やはり一筋縄では行かない。
僅か数ページだけど、小さな文字でびっしりと書いてあるから文量はそこそこ多い。
夕食の準備までに終わらせたいと思ったけど……ちょっとそれは無理そうかしら。




