メイリュール
「レポート?」
「うん。学園の課題でね、魔法に関することなら何でもいいから自由研究で調べたことをまとめて提出しろ……だって」
「へぇ……」
工房に遊びに来てくれたアンゼリカに部屋の中を色々案内してたら、ミャーコがお茶を淹れてくれたのでそのままティータイムとなった。
最初は魔法絵師について彼女から色々聞かれて私が答える……みたいな感じだったんだけど、いつしか逆に私が彼女のことを色々と聞くようになっていた。
それから魔法学園の話題になって……
「それで、テーマは決まってるの?」
「それがまだ決まってないのよ。どうせなら、誰もやらないテーマにしたいんだけど……」
そう言って彼女は悩ましげにため息を付きながら、ふと視線を私に向ける。
すると、私と目があったその瞬間、彼女は何事かを閃いたらしく大きく目を見開いた。
「…………あ!そうよ!それがあったじゃない!」
「何か思いついたの?」
「ええ。あなたよ」
「……ふぇ?」
アンゼリカが何を言ったのか意味がわからず、私の口から思わず間の抜けた声が漏れた。
自由研究のテーマが私って、つまり……
「魔法絵師について調べる……ってこと?」
「そう。それならきっと誰も思いつかないでしょう?」
「まあ、確かにそれはそうかも知れないけど……」
でも、私自身がまだまだ研究の途上だし……学園が求めるレベルがどのくらいか分からないけど、ちゃんとしたレポートになるのかしら?
そんな懸念を彼女にも伝えたのだけど。
「大丈夫よ。私、レポートまとめるの得意だし。あ、でも……マリカに迷惑かけちゃうかしら?」
「それは大丈夫。時間は割と自由になるし……知られて困ることも別にないから。うちにある魔法絵関連の文献も自由に見てもらって構わないわ」
「ほんと?ありがとう!すごく助か……」
と、そのタイミングで工房の扉が勢いよく開き、アンゼリカの言葉は途中で遮られる。
そして……
「マリカちゃ〜ん!!お母様がきたわよ〜!!」
「げっ!?」
部屋の中に飛び込んできた人物に、私は乙女にあるまじき声が出てしまった。
「あ〜ん!会いたかったわ〜!」
「ちょっ……母さん!?むぎゅっ……!?」
電光石火で駆け寄ってきたと思えば、間髪入れずに私に抱きついてくる。
胸が顔に押し付けられて息苦しい……
「ぷはっ!ちょっと!!いまお客さんが来てるんだよ!?」
何とか引き剥がしてアンゼリカの方を見れば、彼女は目を丸くして驚いてる。
そりゃあ、いきなり妙齢のエルフ美女が乱入してきて、目の前にいる自分の話し相手にいきなり抱きついたら……もうわけがわからないよね。
「ふぇ?お客様?………………コホン。これは大変失礼しました。私はマリカの母でメイリュールと言います。あなたは……ああ、ベルナルドさんの娘さんね。お父様にはいつもお世話になってます」
デレデレとだらしない顔から一転、キリッとしたあと柔らかな笑みを浮かべながら自己紹介兼挨拶を始めたメイ母さんだけど……私に抱きついたままそんなふうに取り繕っても台無しだわ。
「あ、いえ、その……はじめまして、私はアンゼリカと申します。お会いできて光栄です。こちらこそいつも父がお世話になってます」
衝撃から覚めやらぬ様子でも、しっかり挨拶を返せるアンゼリカは流石と言えるわ。
確かこの娘、母さんに憧れてる……みたいなこと言ってた。
私を溺愛してるって話は噂で聞いるとも言ってたけど、ここまでとは思わなかったことでしょう。
たぶんイメージもガラガラと崩れ去ったんじゃないかしら。
「はいはい母さん、ちょっと離れようか。ほら、アンゼリカがびっくりしてるじゃない」
「あ〜ん、そんな〜……マリカちゃん、冷たい〜」
再びだらしない顔でそんなことを言いながら、むしろより強く抱きついてこようとするのを何とか引き剥がす。
というか、さっき取り繕ったのは何だったのよ。
「ごめんなさいアンゼリカ、びっくりしたでしょう?」
「え、ええ、まぁ…………その、メイリュール様はいつもそんな感じで……?」
残念なことにいつもこんな感じなので、私は神妙に頷いた。
本当に文字通りの……いえ、『溺愛』なんて言葉では生ぬるいくらいの溺愛ぶりなのである。
ちなみにお母さんは私だけじゃなくて、ミャーコも猫可愛がりしている。
ただあまりにもスキンシップが激しいので、ミャーコの方はちょっとお母さんが苦手らしい。
可愛がってくれてるのは分かってるから嫌いというわけではないみたいだけど……たぶん今回も襲来を敏感に察知して、自分の絵の中に避難してるんじゃないかしら?
まあそれはともかく。
何とかお母さんをどうにか落ち着かせ、やっと普通に話ができるようになった。
「お母さん、アンゼリカのこと知ってたみたいだけど、どこかで会ったことがあるの?」
自己紹介する前に素性を言い当ててたからそう思ったのだけど……でもアンゼリカは『はじめまして』って言ってたわね。
「ううん、直接会ったことはないわ〜。ただ、ベルナルドさんから、娘さんがマリカちゃんと友達になったって聞いてたから〜。魔力の質も彼とそっくりだし〜」
「魔力の……質?」
「ああ……お母さんはね、その人の持つ魔力の波動みたいなものが『視える』の。一人ひとり違うものらしいのだけど、親子は似た感じになることが多い……だって」
魔力を感知すること自体は魔法を使う人ならほとんど必須とも言えるものだけど、お母さんの技能はそれをより先鋭化したものと言える。
「そんな事が分かるなんて……流石は『大魔導士』メイリュール様、凄いです」
「うふふ、ありがと〜」
「それより……わざわざ工房まで来るなんて、どうしたの?週末は屋敷に帰るのに。それに、まだ仕事中の時間じゃない?」
今は平日の午後、もう夕刻と言っても良いくらいの時間だけど、一般的にはまだ就労時間内だろう。
アンゼリカは学園の授業が終わってから遊びに来たのだけど、お母さんは……まさか、サボりじゃないわよね?
そう思ったのは過去に似たような事が何度もあったから。
部下の人が探しに来て、なぜかいつも私が頭を下げることになるのよ。
そんな疑いの目を向けると、私の視線の意味を察した当の本人は『心外だ』と言わんばかりに膨れて言う。
「あ〜マリカちゃんてば〜、私がサボってるって思ったでしょ〜。今日はちゃんと外出許可をもらいました〜」
えへん、とふんぞり返ってのたまうけど、『今日は』とか注釈つける時点でおかしいから。
「それならいいけど……仮にも『筆頭宮廷魔導士』様なんだから、部下の人たちに迷惑かけちゃダメよ?」
「は〜い。あ、そうそう、私がここに来たのはね〜……」
そう言いながら母さんは右手の人さし指で空中に円を描く。
するとそこには黒くぽっかりとした『穴』が現れた。
そしておもむろにその穴に手を入れて……再び取り出したその手は何枚かの紙束を掴んでいた。
「く、空間魔法……!?」
アンゼリカが驚愕の声を上げる。
お母さんが何気なく使った魔法は、『天』『冥』複合魔法の【異空間】。
本来は相反する属性同士を合成する必要がある、非常に高度な魔法だ。
そんな魔法も、母さんは片手間で使う事ができる。
「これをマリカちゃんに渡そうと思って〜」
そう言って母さんは手にした紙束を渡してくる。
かなり古びて所々がボロボロになってるその紙は、どうやら本のページの一部のようだ。
それをわざわざ私に持ってきてくれたということは……
「これは……まさか?」
「いえ〜す!それはね〜、はるか昔の偉大な魔法絵師が遺したとされる書物の一部と言われてるわ〜。書かれているのは……『扉』の絵に関すること」
「!?本当っ!?」
私は思わずばっと顔を上げて母さんの顔を見ると、彼女はしっかりと頷いた。
そして、私のあまりに興奮した様子を見てアンゼリカは不思議そうな顔をしていた。
前世の世界に通じる『扉』の絵を描くこと。
その私の願いを、メイ母さんは知っている。
母さんは時々こうやって魔法絵師に関する情報を入手しては私に教えてくれたんだけど……『扉』に関する直接的な情報は今回が初めてだ。
私は震えそうになる手を何とか押さえながら、その紙束に目を落とした。




