まどろみの中で
私は今、まどろみの中にいる。
今ではないとき、ここではない場所、自分ではない自分……そんな夢を見ている。
それはただの夢ではない。
かつて、確かにあったはずの出来事……
私の『ねがい』の根源、何度も繰り返すそれらの夢は、優しくも悲しい記憶が見せるもの。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お姉ちゃん……」
耳に心地よい声が聞こえる。
私の大好きな声が。
頭の中を染めていた白い靄が、わずかに薄れる。
「お姉ちゃん……起きて」
起きて……と言うことは、私はいま眠っているのだろう。
だけどその声はあまりにも心地よく……わずかに覚醒しかけていた私の頭の中に、再び濃密な白い靄がかかっていく。
だけど、声の主はそれを許さない。
「もう!真里佳お姉ちゃん、起きて!もう朝だよ!こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ!」
「ん…………むにゃ……んん……美也子?おは……よぅ……」
トーンが上がった声に靄は吹き散らされ、私はようやく目を覚まそうとする。
だけどまだ意識ははっきりせず、いまだ現実と夢の狭間を行ったり来たりしているよう。
それでも何とか現実世界に留まろうと何度もしばたたかせた目に入ったのは、我が最愛の妹の顔。
艶やかな黒髪のショートボブがよく似合う、活発そうで可愛らしいその顔には呆れの表情が浮かび、猫のように大きな瞳が私を見つめていた。
「もう、お姉ちゃんってば……また徹夜してたの?」
「ん~ん……いま寝てたでしょ……?あふ……」
「へりくつ言わないの。まったく……今度は何なの?」
誤魔化そうとした私の言葉はあっさりと流され、美也子は徹夜の理由を聞いてくる。
ようやく意識がはっきりしてきたけど……どうやら私は昨晩の作業の途中で机に突っ伏したまま寝てしまったらしい。
しっかりその分のスペースを空けているところからすれば……ちょっと仮眠を取るだけのつもりが、そのまま完全に寝入っちゃったのね。
うん、やっぱりこれは徹夜じゃないわ。
……なんて言い訳はするだけ無駄なので、口にはしないけど。
とにかく、私は妹の質問に答えるため、机の横に置いてあるプリンタの排出トレイに重なる紙の1枚を手に取った。
「これよ。ほら……」
「……ナニコレ?」
私が紙の印刷面を見せると、美也子は怪訝そうな顔をした。
あれ?分からないのかな?
「何って……ゆるキャラよ。見れば分かるでしょ?」
「ゆる……キャラ?これが?魔除けとかじゃなく?……全然ゆるくないよ。むしろ見てると緊張を強いられるわ」
むぅ……どうやら我が妹君にはコレの良さが分からないらしい。
「え~、そんな事ないわよ。可愛いでしょ?『もふもふぽわリン』って言う森の妖精なの。略して『もふぽわ』ね。ほら、もふもふでぽわぽわしてるでしょ?」
「な、名前はそれっぽいけど……可愛い……かしら……?どっちかと言うと、ゴワゴワでギョロギョロって感じだけど……結局なんなのコレは?」
「うちのデザイン事務所でさ、何かゆるキャラ作って売り出そう!って話が出てね……それで、まずは内輪のデザインコンペをすることになったのよ」
それがだいたい一ヶ月前の話なんだけど、なかなか納得のいくものが出来なくて。
そうこうしているうちに、気が付けば締め切りは目前まで迫っていたのよ。
だから慌ててアイディアを捻り出してたってわけ。
そんなことを美也子に説明すると、彼女はますます複雑そうな表情を浮かべて言う。
「なるほどね……でもコレはやめておいた方が良いんじゃないかな……」
「え~、何でよ~。『劇画調ゆるキャラ』という、これまでにない斬新なコンセプトなんだよ?」
これは絶対に他の人は思いつかないわよ!
「斬新なら良いってもんじゃないでしょ」
「何を言ってるの。今やゆるキャラ界は群雄割拠の時代。数多のライバルたちの中に埋没しないためには、これくらい強烈なインパクトが必要なのよ!」
「インパクトの前に、まず可愛くなきゃダメでしょう……」
……まあ確かに、力説しているうちにすっかり覚醒した頭で冷静な目で見てみれば……う~ん。
たぶん深夜の謎テンションが生み出した怪作ね、これは。
恐ろしいことに、これを描いている時は『素晴らしいアイディアが降りてきた!』なんて思っていたわ。
「う~ん……そっかぁ、やっぱり可愛くないかぁ……薄々そんな気はしてたのよねぇ……」
「(薄々なんだ)……あれ?……なんだ、ちゃんと可愛いのもあるじゃない。こっちの方がモフモフでポワポワよ」
何気なく……と言った感じで、プリンタのトレイにあった他の紙を手に取っていた美也子が言う。
そりゃあ普通に可愛いのもいくつかデザインしてたけど、どれもありきたりな感じがしてたのよねぇ……
「う~ん……そっちはインパクト薄くない?」
「いやいや、絶対こっちの方がいいって。可愛いし、売り出したら人気出ると思うよ」
「……そう?まあ、美也子がそこまで言うのなら、こっちで行ってみようかしら」
彼女はターゲット層の現役女子高生なんだし、その意見は無視できないものね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私はまだ夢を見てるみたい。
確かに覚えている、この他愛もない会話。
結局あの娘の言う通りにしたらコンペでも評判が良くて、正式に売り出すことが決まったのよね。
そのあとどうなったのか見届ける事は出来なかったけど……
私が御筆真里佳だった頃の記憶は、今も私のなかにある。
この世界で生まれたはずの私が本来持ち得ないはずの……おそらくは前世の記憶。
あまりにも鮮明なそれは、私に異世界の存在を確信させるとともに、耐え難い郷愁の念をもたらした。
魔法絵師の存在を知ったとき。
その大いなる御業の一つに、異世界へと通じる扉の絵があったと知ったとき。
そして、自分に魔法絵師の才能があると知ったとき……
自らの手で異世界への扉を描き出すことが、私の人生の目標となった。
いつの日にか、私の力でそんな途方もないことが出来るのか?
そんなふうにときどき不安になるけど……
あのランティーニ家での出来事は、私の運命が大きく動き始めるきっかけになる……そんな気がした。
きっと、私は私の願いを叶えてみせる。
そして絶対に、再びあの娘に会うんだ。
あの『もふぽわ』がどうなったのかも気になるし……ね。




