悪魔〈ディアヴォロ〉
カルロさんの部屋を訪れた私たち。
得体の知れない存在に取り憑かれていたときは悪鬼のような顔をしていた彼は、今はすっかり元の穏やかなオジサマに戻っていた。
それでも隠しきれない疲労が滲み出ていたから、話を聞かせてもらったら直ぐにお暇しないと。
「それで……カルロは何があったのか覚えてる?」
まずはアンゼリカが取り憑かれていた時の記憶がないかを尋ねる。
これについてはそれほど期待はしてなかったのだけど……
「 断片的に、朧気ながら……でしたら。私は悪夢を見ていたのだと思っていたのですが……あれが現実の出来事だったと聞かされて驚きました」
と、私の予想に反して記憶があると答えてくれた。
そうすると、あいつに関してある程度の情報が得られるかしら?
それからカルロさんは深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「お嬢様、マリカ様、ミャーコ様……私のせいで皆様方を危険に晒してしまい大変申し訳ありませんでした」
そういうけど、彼が謝る必要なんてないわよね。
当然アンゼリカもそう思ったようで……
「カルロのせいじゃないわ。あなただって被害者なのだから。それに……あれはランティーニ家に代々受け継がれてきた魔法絵によって封じられていたのだから、責任の所在は我が家にこそあるでしょう」
「それを言うなら……あれは私……というか魔法絵師を狙っていたみたいですし、どちらにしてもカルロさんは巻き込まれただけですね」
「元に戻って良かったですニャ」
アンゼリカの言葉に、私とミャーコも続く。
そして、さあ話を聞こう……となる前に、カルロさんから先に質問してきた。
「そちらの御婦人は……もしや?」
そう。
私たちと一緒にやってきたフェデリカさんが気にならないわけがない。
そして彼の口ぶりからすれば、その正体は予想がついているのだろう。
あの魔法絵に描かれた貴婦人にそっくりな女性……それ以前に身体が透けているのだから。
というか、彼女を目にしても落ち着き払っているカルロさんは、なかなか肝が据わっている人だと思う。
「そっか。カルロは彼女が現れた時には、また気を失っちゃったのよね。まあ、あなたも予想はついているみたいだけど……彼女はフェデリカさん。あの貴婦人の魔法絵から具現化したのよ」
「おお、やはりですか。すると、幽霊婦人の正体はフェデリカ様だった……ということでよろしいですかな?」
「そういう事ね。まあ別の問題が現れちゃったのだけど」
いちおう幽霊騒動の原因は判明したのだけど、とても事件解決とは言えない状況よね。
まあ狙われてるのは私なんだけど。
「フェデリカさんは魔法絵としての制約があるとのことで、カルロさんに取り憑いた存在に関する事は答えられないそうなんです。だから……」
「実際に取り憑かれてしまった私の話を聞きたいという事ですな」
「はい、お願いします」
アンゼリカの話によれば、昨晩私が襲撃されたころから今朝にかけてはカルロさんの様子は普通だったとの事だけど……その後、彼の身にいったい何があったのか?
その経緯について、彼は話し始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「私は午前中の仕事のスケジュールを確認してから他の者たちに指示を出したあと……地下倉庫に向かいました」
「地下倉庫?」
「はい。今日は旦那様が屋敷に戻られる予定でしたので……晩餐にお出しする葡萄酒を選ぼうとしまして」
ふぅん……カルロさんはソムリエみたいな仕事もするのね。
地下室にワインセラーがあるなんて、いかにも大貴族の屋敷って感じがする。
「そこで私は何となく違和感を覚えました。地下室は夏場でも涼しいものなのですが、それとは違う悪寒がしたのです。怖気を催すような不快な空気と申しましょうか……とにかく、いつもとは違う何かがある、と」
真に迫る雰囲気のカルロさんの言葉に、私達はだんだんと引き込まれていく。
何たか怪談を聞いているような気分になってきたわ。
「その場から直ぐに立ち去りたい……そう思いましたが、何か危険があるのであれば捨て置けない。幽霊騒ぎの事もありましたし、違和感の正体を探らねば……と、私は倉庫の中を隅々まで確認しようと思いました」
彼の立場的に責任を感じたのでしょうね。
そして話の流れ的に、その違和感の正体も予想できる。
「そして私はそこで目にしました。薄闇の中に蟠る、闇を凝縮した様な漆黒の靄を。それはまるで何か生き物のように蠢いて……驚きのあまり固まってしまった私に襲いかかってきました」
「その時、あれに取り憑かれた……と言う事ですね」
「おそらくは。それ以降の記憶はどこかあやふやで、夢を見ていたかのような感じでして。断片的に記憶に残っている光景はいくつかありますが……そのうちの一が大きな手がかりになるのではないかと思います」
カルロさんの記憶に、何らかの手がかりになりそうな光景が?
正直なところ取り憑かれていた時に彼の意識があるとは思ってなかったし、それほど大きな成果が得られるとは考えていなかったのだけど……予想以上に有益な情報が得られそうな話に、私は思わず身を乗り出した。
「この屋敷の地下倉庫とはまた別の地下と思しき部屋。壁も床も天井も黒っぽい石造りらしき広々とした空間で……ただ一つ、一方の壁面に巨大な壁画がございました。禍々しい悪魔か描かれた……」
「「「!!」」」
カルロさんの証言に、私とアンゼリカは思わず顔を見合わせる。
「悪魔の壁画…………まさか、それも……?」
疑問の形をとりつつも確信めいたアンゼリカの言葉。
ふとフェデリカさんの方を見れば……彼女はそれを肯定するように無言で頷くのだった。




