怪異
「それで……ご相談の内容をお聞かせ頂けますか?」
商談のための部屋にカルロさんを案内し、私はそう切り出した。
彼がこの工房を訪れた理由。
それは、私が描く魔法の絵の噂……とは異なるもう一つの噂によるもの。
しかしそれも、私が魔法絵師である事に関連している。
「はい。マリカ殿が仰る通り、当家で起こっている『魔障怪異』を解決していただきたくご相談に参りました」
『魔障怪異』……それは、何らかの魔法的要因によって引き起こされる怪奇現象、及び、それが関わる未解決の事件や事故の総称のこと。
私はこれまでに何度かそういった事件に関わり、解決に導いたことがある。
魔法絵師という一風変わった職業の話題性もあってか、けっこう噂になってるみたいなのよね。
「当家……ランティーニ家の屋敷にて、女性の幽霊が現れるのです」
「幽霊……ですか?でしたら、私のところより……冒険者組合か神殿を頼るべきでは……」
『幽霊』はこの世界では割とポピュラーな『魔物』だ。
肉体を持たないアンデッドなので、倒す手段は限られるけど……それほど強い相手では無かったはず。
中堅クラス以上の冒険者なら問題なく対処できるし、貴族家なら対アンデッドのスペシャリストを多数擁する神殿にも伝手があるんじゃないかな……?
だけど、カルロさんは頭を振ってそれを否定する。
「もちろん、ギルドに依頼は出しましたし、神殿から神官の方を派遣して頂きもしました。ですが……どうも、魔物の幽霊とは勝手が異なるようでして」
「なるほど。だから『魔障怪異』である……と?」
「はい。幸い実害は発生していないのですが……気味悪がった使用人の中には辞めてしまうものいたり、そこまでではなくとも夜番を嫌がったり……主もほとほと困り果てておりまして」
魔物ではない幽霊……その原因は話に聞いただけではまだ分からないけど、彼が言う通り『魔障怪異』である可能性はありそうね。
さて、そうなると……この依頼を受けるかどうか。
今まで怪異を解決してきたのは単なる成り行きで、別にそれを仕事にしてるわけじゃないんだけど……
まあ、私が力になれるなら協力してあげたいし、貴族家と面識ができるのは私にとって願ってもないこと……色々な意味でね。
そう考えた私は、この依頼を引き受けることにした。
「分かりました。私に出来ることなら協力させて頂きます」
「おお、助かります……!」
「では、もう少し詳しい話を聞かせてもらえますか?」
実際には現地を見ないとだけど、出来るだけ詳しい話は予め聞いておきたい。
そして、カルロさんから詳しい話を聞くことに。
それによると……
今からおよそ一月ほど前、使用人の女の子が「幽霊を見た!」と大騒ぎしたのが最初だった。
先の通り、この世界では『幽霊』というのは現実に存在する魔物。
だから、それは一笑に付されることもなく、直ちにギルドに討伐依頼を出すことになった。
しかし。
退魔の魔法を使える冒険者を派遣してもらって、実際にその冒険者も幽霊に遭遇したが……
「退魔の魔法は効き目がなかった……と?」
「はい。その後、神殿にも相談して高位の神官を派遣して頂いたのですが……結果は同じでした」
「なるほど……」
魔物の『幽霊』なら、それほど厄介な相手ではないはず。
退魔の魔法が効かないなら、確かに魔物ではなく怪奇現象と言えるかもしれない。
まあ、それは実際に現地で調査してみないと何とも言えないけど……
「それと、幽霊を目撃した者の話によりますと……その姿はあまりにもぼんやりしていて、かろうじて女性であることくらいしか分からないようなのです。ただ……」
「ただ?」
「ある者は、大広間に飾られた絵に描かれた貴婦人の姿に似ている気がする……などと言っておりました」
「絵……?それは、まさか……」
私の言わんとする事はカルロさんも察してるだろう。
つまりその絵は、私と同じような魔法絵師の手によるものではないか……と。
だけど、現代では魔法絵師の存在は伝説で語られるのみ。
私が例外なのよね……
だから、その作品もほとんど残されてなくて、私も古代の魔法絵は1つしか目にしたことがない。
とにかく、やっぱり現地を見てみないとね。
「お話は分かりましたが……今の話を聞いただけではまだ何とも……ですね。今からお屋敷にお伺いして、調査させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、それはもちろんです。どうか、よろしくお願いします」
「必ず解決する……とはお約束出来かねますが、力は尽くします」
私は、そうカルロさんに告げた。
必ず解決するなんて安請け合いは出来ないけど、私に出来ることがあれば力になりたいと思う。
こうして私は、ランティーニ家で起きた幽霊騒動……のちに『幽霊婦人』事件と呼ばれる怪異の調査を行うことになるのだった。