2話:きっと僕だって、あなたを愛する
「初めてではないですか? 君から相談とは」
「ええ、僕の知る限りでは」
ユウラの告白から二日たち、朝の礼拝後。
司祭長の私室に迎え入れてもらい、パウエルは疲れた声で答えた。
執務室と違い狭い部屋だ。場所がなくベッドに腰掛ける。
正直、父親に等しい司祭長に話すのは、子供だと宣言するみたいでイヤだった。
けど、同年代の侍祭たちでは、彼らの都合が入りそうで無理だった。一人では、眠れないばかりで結論が出そうにない。
「愛を、告げられました」
「おや」
「愛されなくていい、ただ親しくしてほしい。そう言われました」
「それは、ずいぶんと好かれたものですね」
質素な椅子に座って目線を合わせ、司祭長は実に楽しそうに微笑む。
「彼女の言うとおりで、いいのではないですか?」
「……。そんなの無理です」
言いながら、パウエルはもう目に焼き付いているユウラを思い出す。
小麦色の髪、生き生きとした瞳、温かく優しい手。
そんな彼女が正面から向けてくれた、期待に満ちた告白。
「笑顔を向けられれば、笑顔を返したくなります。一緒に過ごせば、離れ難くなります。なにより」
そこまで言って、顔を真っ赤にして伏せた。
「僕だって、欲がないわけじゃない」
「そういえば今朝、懺悔室に入っていましたね」
「やめてください……」
そもそも、壁1枚挟んで懺悔を聞いたのも、この司祭長のはずだが。
それはお互い言わないのがルールだ。
「いや、失礼。君の悩みももっともです」
「そうでしょうか……」
「皆悩んできたことですから。閉ざされた修道院を選ばず、街で過ごす聖職者が、皆ね」
「では、なにかいい方法が?」
「ないから、皆悩む。ただ、アドバイスはできます」
そう言って、司祭長は落ち着いた口調で続けた。
「教会は、監視も罰も仕事ではありません。あなたが侍祭として務めを果たし、教会を訪れる全ての信徒を分け隔てなく愛するなら、あなたの日々の生活を咎めることはないでしょう」
「けど、神霊様は見ておられます」
「神霊様が、男女の愛そのものを罰したことはありませんよ」
「しかし、教会の規律が……それだけではなく。ええと」
言葉にできず、不安げに言いよどむパウエルに、司祭長は続けた。
「あなたの懸念は、きっと正しい。私が言ったことがとても難しいのは、じきにあなたも確信します」
「……そう、でしょうか」
「それにあなたは、聖都の司祭を目指すのでしょう?」
「……はい」
布教や奉仕で成果をだし、推薦を受けて聖都の司祭となることは、聖職者としての到達点のひとつだ。
そのまま聖都で働くにせよ、目の前の司祭長のように教会を任されるにせよ、最も明確な通過点と言える。
パウエルも、それを目指して日々努力している。
けれど、そのときが来たら、自分はこの町からいなくなる。
再びうつむくパウエルに、司祭長は微笑みながら声をかけた。
「なに、あまり気負わぬことです。案外、あっという間に彼女が飽きるかもしれません」
「残念なことを言わないでください……」
彼女は、たしか2つ年上だ。
未婚なのがおかしいくらいの年だし、男性との付き合いがあって当然。きっと比較されるだろう。
年上。
ふと気づいて、顔をあげた。
「司祭長様、ひとつ、お願いが」
「何でしょう?」
「近いうち、僕に記録整理の仕事をくださいませんか?」