1話:賢明で懸命な、あなたが大好き
教会にパンを届けたあと。
晴れた日は、教会を裏口から出るのがユウラの日課になっていた。
ほどよく日の当たる場所にある大テーブルで、彼が書き物をしているのがいつものことだからだ。
「おはよう、パウエル君」
「ユウラさん、おはようございます。飽きもせず、よく来ますね」
パウエルは、まだ子供っぽさを残す顔を、わざとらしく不機嫌にしながら返事をする。
これも、いつものことだ。
ユウラは、彼の邪魔をしないよう長椅子の端に腰掛けて、パウエルを覗き込む。
「また、売り物の写本づくり?」
「ユウラさん、それは違いますよ」
パウエルは咎めるように強く答えた。
「我々聖職者が聖書を写すのは、常に神霊様の御言葉に触れるためです。出来上がったものを、信仰心を示された信徒に渡すのは、あくまで、おまけ」
「パウエル君、本気で言ってる?」
「9割建前でも、偽りはありません。ええ、導き手と民と神霊様に誓って」
「雑な祈りだね」
再び羊皮紙に字を綴るパウエルに、また一押し。
「ホント、綺麗な字だね。しかも、定規もなしで真っ直ぐ」
「神霊様の尊さは、写本の美しさでも伝わりますから」
「本音は?」
「何年もやってりゃ慣れます」
これだ。彼との会話はホントに楽しい。
だから、今日は決めていた。
「パウエル君、真面目に聞いてね」
「なんでしょう」
ペンを置いて律儀にこちらを向くパウエルを、真っ直ぐに見てユウラは言った。
「あたし、あなたが好きよ」
「僕はあなたを愛せません」
「付き合って欲しいの」
「できません」
「なぜ?」
微笑のまま首を傾げるユウラを見てため息をつき、癖の強い金髪を掻いてから、パウエルは口を開いた。
「ご存知の通り、聖職者は妻帯できません。我々の時間と愛は、常に神霊様と全ての信徒のためにあるからです」
「うん知ってる。それで?」
「それで? って……。だから、僕があなたを愛することはできず、お付き合いもできません」
困り始めた。案の定だ。
きっぱり言われたのは思いのほか胸に刺さったけど……勝負はここから。
ユウラは、子供を叱りつける時の顔で言う。
「パウエル君、自意識過剰」
「じっ、えぇ!?」
「あたしは、『好きです』とは言ったけど、『好きになってください』なんて言ってない」
「いやそうですが」
「『結婚してください』なんて、もっと言ってない。なに? いきなり旦那ヅラ?」
「えぇー……ごめん、なさい……?」
圧の強さに謝りだしたパウエルに、ユウラはたたみかける。
「つまりね。パウエル君は何も変わらなくていいの。神霊様と全ての信徒のために働きながら、あたしと付き合って」
「いやその……」
「じゃあ、これならいい?『私と時間を合わせて、おしゃべりやお出かけをしてください』」
逃がさないとばかりに、真っ直ぐ、力強く、彼の瞳に写る自分を見た。
「……ユウラさん、卑怯です」
「必死だからね」
「ますますもって、卑怯です」
パウエルはそう言うと、視線に押されたようにうつむいた。
「この場でお返事は、できません。少しだけ時間をください」
「待ってるからね。会うたび期待しちゃうから」
「じきに、必ず。……うぅ、まったく」
呻いて、パウエルは顔を机に伏せる。
「僕は、今日のあなたが、苦手です」
「そう? あたしは、今日もあなたが好きだよ」
ユウラは、そんなパウエルをニコニコと嬉しく眺めていた。