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すっかりと体調を万全に戻したミエーレは、翌日から宣言通り、龍穴の探索を開始した。
とはいえ、この日は日曜日。みくるは学校がなく、終日部屋に一人で留守番させるのもかわいそうだ。
明け方から朝食の前までと昼過ぎに、散歩程度の時間だけで済ませることにした。
本格的な調査は月曜以降に、みくるが学校に行っている間に行うつもりだ。
ずいぶんとみくるに甘い日程だが、状況がそれほど差し迫っていないということもある。
現在、寒波は小康状態にあった。到来初日のような吹雪はあれから起きておらず、気温の低下も昼間に零下を割るほどではなかった。
寒波自体が止んでいるわけではないので油断することはできないが、みくるに幻想域について教えることだって後回しにしてよいわけではないのだ。
「しかし……、どういうことだろうね、これは」
雪はちらちらと舞い続けてはいれど、昨日までに積もった分はほとんど消えてしまっていた。
歩道の端や街路樹の根本にはまだ白い色が残るも、この街の主要な道路はアスファルトの灰色を取り戻している。
新青区は海上に造成された人工島であり、土地の有効利用のために行政による区画整理が完全に行われている。
区内には一軒家は一切無く、住居も店舗もすべてがビルやマンションなどの、大通りに面した施設に収められている。
ビルの間に路地が生まれはするが、基本的には路地を通らなければ入ることができない建物は存在しないのだ。
つまりは、積雪によるトラブルはほぼ解消されている。
冬の戦乙女が暴れていては、この状況はありえない。けれど戦乙女はまだこの街に留まっている。
戦乙女は種族的に力を出し惜しみできる性分ではない。あればあるだけ、霊力を吹雪に変えて放つのが彼女たちだ。
これが意味することはと、ミエーレは黙思する。
(龍穴からの霊力の供給量が減っているのか?)
冬の戦乙女による寒波が続いている以上、龍穴か、または何かしらの霊力供給手段はあると考えるべきだ。
だが戦乙女とやり合ったときのように、無制限に引き出すことはできなくなったのではないか。
それならば龍穴を見つけずとも、戦乙女を直接討つ選択肢もありだろう。
(いきなりそんなことになれば、みくるとの約束を破ることになるな。明日からの調査は戦乙女も同時に捜索すること、許可を取らなくちゃ)
そう考えながら、ミエーレは早朝の調査を終える。
散歩がてらではみくるの住むマンションの周囲程度しか調べられないが、今朝のうちに龍穴が見つからなかったことは逆によかったといえる。
もしこの付近に龍穴があれば、戦乙女との戦場になりかねない。これならみくるを戦闘に巻き込まずに済みそうで一安心だ。
「さて、そろそろ帰らないとみくるが朝ご飯を完成させてしまうな」
猫であるミエーレは料理が冷めて困ることはないが、みくるはミエーレが帰るまで一人で食事を取ろうとしないだろう。
冷めたご飯を食べさせるわけにはいかないと、ミエーレは帰路の足を速めた。
このとき、ミエーレが多少楽観的であったことは否定できない。
しかしだ。まさかこの日から三日もの間、龍穴どころか戦乙女の姿さえ見つからないとは思っていなかった。
吹雪や積雪はなくとも、収まらぬ寒波により人々は不安という名の毒に蝕まれていく。
調査を開始してから四日目。これ以上の状況の停滞は危険であると判断し、ミエーレは新たな行動に出ることを決めた。
◆◇◆
「みくる、僕は今夜から部屋を留守にしようと思う」
「……ふぇ?」
ミエーレの言葉の意味をすぐには理解しきれなかったようで、みくるは間の抜けた返事を漏らしてしまう。
「今までは夕方にはここに戻って休んでいたけれど、三日かけても戦乙女の姿を見つけられなかった。もしかすると夜にだけ龍穴が開き、その間に活動をしている可能性がある」
だから今日からは夜通しの調査を行うと、経緯や理由を並べて説明する。
みくるは寂しがるだろうと思いもしたが、聡い少女だ。
こうして理由を告げて真摯に願い出れば受け入れてくれると、ミエーレは短い共同生活で理解していた。
「これ以上、寒波が続く状態はまずいんだ。異常気象に対する不安や不満が、新たな魔性を呼ぶ恐れがある」
寒波の原因である冬の戦乙女は幻想域の存在だ。常人には理解できず、原因不明の異常気象として認識されてしまう。
幻想域により生まれた歪みは、多くの人間に意識されることで常態化してしまうことがある。
すなわち、現実界への幻想の侵食だ。
ただでさえ、ふたつの世界の壁は崩れてしまっている。
そこに幻想界が張り出てくることで、際限なく幻想域の存在が現れ続けることになりかねない。
そんなことになってしまえば、ここは現実界の人間が住めない街になってしまう。
いや、下手をすれば街ごと幻想界に墜ちかねない。
最悪を想定しつつも、かのような事態になれば機関のどこかが出張ってくるだろうとも思う。
だからミエーレが考えるべき最悪は、みくるを直接傷つけるような幻想域の存在が現れてしまうことだ。
ミエーレがこまぬくことで、そこに至る可能性がある。だからこれ以上は時間をかけられない。
「週末までにはけりをつける。冬の戦乙女を倒したら帰ってくるから、君は安心して待っていてほしい」
「……うん、わかった! それじゃあ、今日は晩ご飯をいっぱい食べてもらわないと」
「僕の胃袋の大きさは考慮してほしいかな?」
おどけるようにいつものやりとりを交わす。
少女の健気な思いに、体に気力が満ち渡る。
この子のためにも力を尽くそうと、ミエーレの心に静かに火が点るのだった。