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旦那ちゃまとわたし  作者: しーの
8/11

フレンチトースト、或いはパン・ペルデュ。貧しい騎士の友たるこの退廃的な食べ物(8)

やっと更新……。

 坊っちゃんが食後のお茶を楽しみながら楽しそうにひとが書いた冊子をめくっている。レシピといっても紙面の半分近くはイラストが占め、計量した材料と簡単な手順を添えた絵日記調のものだ。

 前世だとバラエティ豊かなインクやペンなどのカラフルな画材が充実していたので、カフェで食べたケーキなどを簡単なイラストにして手帳に描くのが趣味だったのだ。

「のうのう、リリー」

「はあ。何でしょう、坊っちゃま?」

「もうっ、坊っちゃまではないと言うておるのに」

 ぷくぷくと頬を膨らませて、ご不満の意を示してみせる坊っちゃんを見て、つくづく愛嬌のあるモブ顔というのは得だなとわたしは感じ入った。同じモブ顔でも、なんとなくわたしの方がそっけない印象なのだ。

 おかしいな、現世も前世も客商売の家の子なのに。

「はいはい。で、御用は何でございますか? 旦那ちゃま」

 ぶっ……‼︎

 ショーンさんが噴き出す。

 わたしは思わずジロリを彼を睨みつけた。

「いや、いいと思いますよ。うん。いいんじゃないかな、旦那ちゃま……っ!」

「でしょう?」

 にっこり。

「……そうかのっ⁉︎」

 ちょろい。

 我ながら悪辣な笑顔になっていることを自覚しつつ、以後、この呼び名を定着させようと決心した。おそらく後々坊っちゃんの黒歴史となるのは確実だろうが、そこは甘んじて受けるがよいよ、若人よ。

 わたしは知らん。

「では、これからは旦那ちゃまとお呼びしましょう」

「うむ!」

 決定。

 旦那ちゃま、爆誕。

「うふふふ」

 ミスター・サイラスからの同意を得られた旦那ちゃまはご満悦だ。

 ええんか、それで?

 いたって真面目な顔をしているが、どう考えても面白がっているだろう、執事。お父さんが何か言いたげにしていたが、もちろん圧倒的多数の圧により阻止された。

「で、旦那ちゃまはリリーに何をお尋ねになりたかったので?」

「そうじゃった。リリーよ、この『ふれんちとーすと』用のパンは、専用の型があれば作れるのじゃな?」

「ええ、まァ、そうですネ」

 あれ? もう売ってたっけ?

 蓋付きのローフ型って、確かアメリカのプルマン社が開発したんじゃなかったかな? 

 いや、でも大陸の方じゃ各国もうほとんどの主要都市が繋がり、蜘蛛の巣のように敷かれた線路の上を忙しなく列車が走っていると聞く。豪華寝台列車の代名詞、数々の伝説と栄光に彩られたオリエント急行が、今現在進行形で多くの大富豪や王侯貴族らを、パリへ、ニースへ、イスタンブールへと運んでいるはずだ。

 なら普通に買えるのかな?

 豪華絢爛な食堂車で提供される華麗な正餐は、移動する高級ホテルと称されるオリエント急行や青列車の目玉のひとつだ。

 しかし、車内の空間はごく限られている。そのため空間を有効活用するべく開発されたものの一つが蓋付きのローフ型で、世界最初の食堂車を作ったプルマン社が発明したといわれる。まさに必要は発明の母。列車のコンテナを連想させる長方形のホワイトブレッドが、欧米でプルマンローフと呼ばれる所以だ。

「では取り寄せるのじゃ、サイラス」

 名案!とばかりに旦那ちゃまが力強く宣言する。

 簡単に言うなあ。

 ちろりとミスター・サイラスを横目で伺うと、このやたらと美麗な執事はうっすらと口角を上げた。

「まあ、良いでしょう」

「うむ!」

「お任せを」

 執事が華麗なお辞儀を披露する。

 俳優というより、古の騎士じみた所作。もの凄く板についていて、不自然さがまったくないのが不自然なくらい。うーん、円卓の騎士コスプレとか似合いそう。あー、でも、ランスロットっぽくはないな。ガウェインやトリスタンでもない。もっと古風に赤枝戦士団レッド・ブランチ・チャンピオンズとか?いっそベイオウルフでもいいかもしれない。

 あーいむ、ごーいんぐ、すかーぼろふぇあ〜……。

「首尾良く手に入ったら、こちらに持ってこさせるからのう」

 へ?何で?

 ご自分のお館で作ってもらえばいーじゃん。

「リリー、おぬしが作るのじゃぞ」

 マジですか……?

 慌てて周囲の大人たちを見ると、皆さん、諦めが肝心とばかりのなまぬるい視線でこちらを見ている。

 マジですかァ……。

 わたしは自分のあまりの迂闊さに、内心で床に手を置き膝をつく懐かしの例のポーズをキメていた。

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