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旦那ちゃまとわたし  作者: しーの
4/11

フレンチトースト、或いはパン・ペルデュ。貧しい騎士の友たるこの退廃的な食べ物(4)

すいません、間違えて5話目を投稿してました。抜けてますね。というわけでズレ修正のため割り込み投稿になります。

 本来ならうちで一番良い客室でというのが筋というものなのだけれど、どうやら坊っちゃんはそれでは味気ないと感じたようで、キッチンにも近い奥の少人数用ダイニングでお茶と軽食を召し上がることにしたらしかった。

 坊っちゃんの教育係を兼ねているミスター・サイラスによると、いくらお茶とはいえ主人と使用人が気軽に同席などすべきではないとのことだが、いかんせん坊っちゃんの年齢が年齢なので、作法の勉強のためにも時々一緒のテーブルにつくこともあるみたいだ。

 お茶の時間も勉強だとは、貴族の子供もなかなか大変だなとは思う。

「ブランチになりますがよろしいですか?」

 一息つきたいだろうし、身体も冷えただろうからとお母さんが用意していたホットジンジャーを持っていくと、お父さんとミスター・サイラスが話し合っているのが聞こえた。

「構いません。ロンドンを出たのが早い時間でしたので、ちょうど良いでしょう」

「坊っちゃんの正餐の時間は昔と変わらず?」

「そうですね。いつも1時ごろにお召し上がりです」

「なるほど。こちらで少しゆっくりしていかれますか?」

「そのつもりです」

「では、出立のお時間は?」

「2時頃が適当かと」

 坊っちゃんは大人しく奥のテーブルに着いて、持参していた本を読んでいる。ちらりと見ると、タイトルはThe Blue Fairy Book とあった。おお、凄い。ラング博士の『青色の童話集』じゃないか。さすがだなー。

 それにしても、直接持っていいものかどうか悩むな。

「リリー」

「これ、お母さんが」

 三人分のマグの乗ったトレイを持ち上げて見せる。

 あれ、一人いないや。

「ショーンさんは?」

「彼には少し用事を頼んでいます。大きくなりましたね、リリー」

 ミスター・サイラスとは頭二つ分以上の身長差があるため、自然とわたしが見上げる状態になる。首がもげそう。

「……お会いしたことございましたか?」

 思わず首を傾げていると、お父さんとミスター・サイラスは顔を見合わせて笑った。

「ええ、あなたが生まれて間もない赤ん坊だった頃に」

 それは会ったことがあるって言わないんじゃないかな。

 我ながら微妙な感じの表情になってしまう。ますます笑う大人二人を見て、年長者ってそういうトコあるよねとジットリ睨んだ。

 まぁ、斯くいう自分にしても、その立場になれば同様にやってしまう自信はある。だって、前世でしたし。

 ふん。

「坊っちゃんにお出ししても?」

「ええ」

 坊っちゃん……さっきからチラチラとこちらを伺っているのが丸分かりだよ……。

 生温かい目になってしまうのも宜なるかな、である。

「これは?」

 テーブルの上に置いたマグからゆらゆらと湯気が立ち昇る様を、坊っちゃんは不思議そうに見つめた。

 くりくりのどんぐり眼は南国の海みたいなブルーだ。

「家内特製のホットジンジャーでございます」

「身体が温まりますよ。熱いので気をつけて。ゆっくりとお飲みください」

 素直に首肯した坊っちゃんは、読んでいた童話集を傍らに置いてマグに手を伸ばした。

 子供も飲みやすいように蜂蜜マシマシで割ったので、生姜独特の辛味もだいぶ和らいでいるはず。

「からい」

 あ、あれ? おかしいな、坊っちゃん用のはかなり甘くしたんだよ。

 狼狽えるわたしを見て、ミスター・サイラスが苦笑した。

「慣れてないだけです。坊っちゃんはまだあまり刺激のある食べ物は食べさせてもらえないので」

「坊っちゃん、と言うでない」

 唇をアヒルみたいに尖らせて坊っちゃんが抗議する。

「坊っちゃんは坊っちゃんでしょう」

「違う。旦那さまじゃ」

「若さま以前の分際で何を仰っておいでで。弁えなさいませ」

 おう……鼻で笑った。つよつよだわ、ミスター・サイラス。さては見た目通りドSなのですね。わかります。

 それにしても何でこんな爺むさい喋り方なんだ、この子。

「お祖父さまは伯爵じゃった。お祖父さまの跡を継いだわしも伯爵じゃ。だからじゃ」

 あぁ、真似っこなのか。

「そもそも年季と貫禄が違います」

 ホットジンジャーを飲みながら職業執事、本性魔王が評する。あなたは貫禄ありすぎですよ。たとえ坊っちゃんと同じ年齢だった頃でも、誰一人としてあなたを侮ったり馬鹿にする者はいませんよ。恐ろしい。

「祖父上さまは祖父上さまですよ、マイ・ロード」

 お父さんが微笑む。

「そ、それはそうなのじゃが……そうなのじゃが……」

「マイ・ロード?」

「ちゃんと立派な伯爵になると、お祖父さまと約束したのじゃ」

 ぼ、坊っちゃん……!

 うるっときた。が、

「ダメですよ、坊っちゃん」

 ミスター・サイラスのダメ出しが入った。

「確かに貴方はエルダーストーン伯爵です。しかし、貴方はまだ子供なのだから大人しく守られていらっしゃい」

「……む」

「今は健やかに成長していただくのが、私を含めた皆の一番の望みです」

 ミスター・サイラスの指摘は正しい。伯爵家にお仕えしている者も、領地で暮らしている人々も、彼が健康で無事に成長されることを願っている。

「もちろん身体だけ大きくなられても困りますがね。きちんと研鑽を積み、経験を重ねていただくことこそが、貴方の言う立派な伯爵に近付く道というものです」

 the正論、である。

 スパルタだなぁ、ミスター・サイラス。にしてもこれ、八歳の男の子には厳しいんじゃなかろうか。理解していたとしても。

「どうせ、あっという間に成人されるのです。それまでの猶予ですよ」

 これくらいのホットジンジャー、いい大人は平気で飲めますしねと続ける執事の言に、いい大人とは……という疑問を抱いてしまったのは、おそらくわたしだけではなかったはずだ。



「ところで、其方はロバーツの娘か?」

 自分以外の子供が珍しいのか、坊っちゃんが話しかけてきた。どうやら人見知りはしないタイプらしい。

「はい。リリアン、リリーとお呼びください」

 わたしの方が三歳も年上なのだが、まァ、同じ年頃といえばそうかもしれない。すみません、中身はそれなりに年季のいったおばちゃんで。

「うむ。わしはエルダーストーン伯爵エセルバートじゃ」

 ちっこい胸を張って堂々と名乗る様は、さすが貴族の御曹司といったところだ。

 この時代の連合王国は、いささか揺らぎが見え始めているものの、まだまだ階級間の落差が激しい身分制の国だ。上流階級でも更に上層の家の子供であれば、村の子供らと同じというわけにはいかない。

 そもそも同じ英語を喋っていても、階級によって随分と違いがある。よって、言葉遣いにも注意が必要だ。坊っちゃんの英語は、これぞ上流階級といったお手本みたいな発音なのだが、どうも語彙が少しばかり古めかしいのでギャップがある。

 本人は威厳たっぷりのつもりらしい。いや、かわいいだけなんですけど。

「ずっと座ってばかりで退屈なのじゃ」

 まぁ、そうだよね。

 男の子は乗り物大好きだけど、長時間座りっぱなしは大人でもきつい。身体を動かしたくなる気持ちもわかる。

 そして、ここは坊っちゃんが初めて訪れる場所。

 この年頃の男の子が大人しくしていられるかと言えば、どう考えても無理なことは分かりきっている。たとえ躾の行き届いた坊っちゃんであろうとも。

 しかし、しかしだ。

「この宿を探検する。案内せよ」

 え〜っ⁉︎

 わたし、仕事あるんですけどぉ?

 学校に行ってない時間は、基本的に家の仕事を手伝っている。学校と言っても、女の子の場合、それこそ基礎的な読み書きと計算以外は、かなりの時間が裁縫の授業に当てられるのが現状だ。実践的にみっちり仕込まれるので、なんだかんだ言って一番役に立つ。上流下流問わず、将来に渡って必須といっていい技術なのである。

 そして、わたしはアマンダと違って裁縫の授業が苦手だった。ただ、例の『蔵書』には刺繍の図案集などもあったので、写したものをアマンダに渡せば、彼女は驚くほど見事に作品として仕上げてくれた。

 おかげで日曜の朝、教会に行く時にわたしが髪を結ぶリボンは、アマンダの力作である〝とっておき〟だったりする。

「まずは上の階じゃ」

「え、ちょ……ちょっと、坊っちゃま⁉︎」

 慌ててお父さん達に視線を向けると、お父さんもミスター・サイラスもいい笑顔で手を振ってくれていた。

 こ、これは……。

「坊っちゃまではない。旦那さまじゃ」

 ぽちゃぽちゃした手に引っ張られたわたしは、ちょうど入室してきたショーンさんに手を伸ばしたが、ひょいと簡単に避けられてしまった。

 やだ、そんな、あっさりと。

「行くぞ、リリー!」

 坊っちゃんは満面の笑みでキリッと宣言し、ショーンさんは笑いながらわたし達を見送っている。

 く、くそう……これが孔◯の罠……!

 アマンダではなくわたしにホットジンジャーの盆を持たせたのはこの為か。お父さんもお母さんも計ったな!

 わたし、子供苦手なのに。

「坊っちゃんのことよろしくね〜、リリーちゃん」

 いそいそとホットジンジャーのマグを受け取ったショーンさんが言った。

 これだから大人はっ!

アンドリュー・ラング博士の著作The Blue Fairy Bookが出版されたのは1889年です。

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