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旦那ちゃまとわたし  作者: しーの
11/11

フレンチトースト、或いはパン・ペルデュ。貧しい騎士の友たるこの退廃的な食べ物(11)

すみません、本当に……我ながら迂闊。

 何回か試作を繰り返し、まあ及第点かなというモノができたのは翌日の夕方近くになってからだった。

「罪深いくらい贅沢だね」

 まだほんのりと温かさの残る状態の生食パンをむしり取り、ぽいっと口の中に放り込んだお母さんが評した。

「まあね」

 見た目はシンプルだが、見た目だけだ。きつね色の表皮の下、真っ白できめ細かなクラムのふんわりもっちりとした歯応え。ほどよい口溶けと濃厚なコク。そして、甘み。

 ただでさえ、焼きたてのパンの匂いの誘惑には逆らえないのに、オーブンから漂ってくる生食パンの匂いはちょっと暴力的なものがあった。その証拠にネッドもアマンダも用もないのに台所をやたらと覗きに来る。

「そのままでも美味しいけど、少し分厚めに切ってトーストしても美味しいよね。もちろんバターたっぷりしみしみにして」

「なんてこと言うんだい、この子は」

 お母さんにものすごい顔をされた。

 パンにバターを塗っただけのものでもお茶請けとして十分だと見なされる時代である。贅沢は敵だとまでは言わないが、過ぎた浪費は歓迎されない。田舎の庶民としては、質素倹約が当たり前だからだ。

「で、このパンを使ってプア・ナイツを作るのかい?」

 お母さんがビミョーな顔をする。

「そうだよ」

「……貧乏とは程遠いね」

「確かに」

 モゴモゴと口を動かしていると、何食わぬ顔でお父さんがやってきた。

「いい匂いだね」

「イアン」

 苦笑しつつもお母さんはお父さんに椅子に座るよう促す。

「お父さん、はい」

 ちょうどいい。お茶と一緒に試食してもらおう。どうせお父さんもそのつもりだし。苺ジャムがいいかなー。それとも、やっぱりシンプルにバターかなぁ。

 濃い目に入れた紅茶にミルクはたっぷり。

「ありがとう、リリー」

 お父さんの目元の皺が深くなる。

「えへへ。ちゃんと感想聞かせてよね」

「それはもう」

 神妙な面持ちで首肯してみせるお父さんを見て、ティーカップ片手にお母さんはクスリと笑った。

 そこへ。

「あー! 父さんだけズルい!」

 戸口に揃って現れたロバーツ家の長男と長女が、こちらを見て口々に叫ぶ。

「やだ、お父さん! リリーの試食係はあたしなのにィ!」

 ちょっとアマンダ。

「そんなのいつ決まったんだよ」

「いま!」

 おい。

「アホか。リリーが作るモンは最初に俺が味見するんだよ」

 おいおい。

「はァ? 何でよ?」

「ほら、俺ってば兄貴だから」

 自信満々にぴゅーぴゅー兄貴風を吹かせるネッドを、虫を見るような目で見たアマンダが辛辣に評した。

「ばっかじゃないの」

 それには同意する。

 同意はするが突っ込みどころ満載な兄姉どもの勝手な言い草に、わたしがジットリとした目を向けてしまうのも無理はないと思う。お母さんはやれやれとばかりに額に手を当てていたし、お父さんはといえば黙ってお茶を啜っている。

 もう見慣れた日常の光景だけど、こうして家族が揃って団欒できるってことは、わたしってばじつは相当に恵まれているんじゃないか。そんなに前世で徳積んだ覚えはないんだけどな。いや、覚えてないだけかもしれない。うん。きっとそう。

 わたしは物語の主人公になれるような人間でもないので、よくある貧民街に孤児としてだの貴族の令嬢としてだのなんて無茶振りを振られなくて良かった。21世紀の甘やかされた檄弱メンタルな日本人にはキツすぎる。

 誰もがデイヴィッド・コパフィールドではないし、オリヴァー・ツイストではない。モウグリにはなれないし、ましてやキム少年なんて無理に決まっとる。

 ここで何でセーラ・クルーやメアリー・レノックスが出てこないんだと、自分で自分に突っ込みを入れたのはヒミツだ。

「まあ、二人ともお座り」

 お母さんの言葉でピタリと言い争うのをやめたネッドとアマンダが、大人しくスツールに腰を下ろした。

「お前たちにはブレッド&バタープディングがあるから」

「やった!」

 歓声を上げる二人を横目に、お父さんが問いかける。

「いいのかい?」

「残った試作のパンを使って作っといたんですよ。夜のメニューで出せばいいかと思って」

 いまうちには試作した生食パンの残りが大量にある。捨てるような真似は絶対に許されないので、きちんと料理の材料として消費される予定だ。

 ブレッド&バタープディング。要はパンプディングである。みんな大好きカスタード味の例のアレ。

「今夜のお客さんは運が良いよね」

「まったくだねぇ」

 もちろん、この日の晩に出た一番人気のデザートは、ブレッド&バタープディングだったことは言うまでもない。

デイヴィッド・コパフィールド、オリヴァー・ツイスト

   言わずと知れたヴィクトリア朝の文豪ディケンズの小説タイトル及び主人公の名前。

セーラ・クルー

   児童文学『小公女』(バーネット作、1888年発表時のタイトルでもある。1905年改題)の主人公。

メアリー・レノックス

   『秘密の花園』(バーネット作)の主人公。ただし、1911年発表なので、設定年代的にまだ刊行されていません。

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