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旦那ちゃまとわたし  作者: しーの
10/11

フレンチトースト、或いはパン・ペルデュ。貧しい騎士の友たるこの退廃的な食べ物(10)

すいません、どうも書き上げてた分の更新忘れてたみたいで。せっかくだから投げときます。

 お父さんが厳選を重ねて揃えたエールやウィスキー、ワインといった酒類は、なかなかの逸品揃いだと近隣の紳士方の間でも評判だ。この辺りを通る際には必ずうちに寄っていかれる方もいるくらいなので、四葉亭の客層はけっこう良い方なのだと思う。

 だからといって、そんな中上流層の方々ばかりがうちの顧客というわけでもない。何と言っても近隣で唯一の宿屋兼パブだ。労働者階級のおっちゃん達も憩いを求めてやって来る。何せパブというのは、パブリックハウスが語源であるからして。

 ま、例によって例の如く部屋は別々だし、屋内に入るための玄関だって違っていたりするのが、後世にいたるまで根強く残る階級社会の階級社会たる所以だ。

 カウンターの前でエールを飲みながらショーンさん達が駄弁るのを横目に、わたしはせっせと木箱から目的の型を取り出した。きちんと掃除してから空焼きをせねばならないのが手間といえば手間だが、物事には必要な手順というものがあるのだ。

「ふふっ」

 木箱には蓋付きのローフ型が2個入っていた。これこれ。うん、ちょうど良いサイズだ。できれば、このまま貸し下されしてくれんことを。

 目指すは21世紀の生食パンである。さっそく材料を手配せねば。

「お母さーん」

 台所にいるお母さんに声をかける。お母さんは焼き上がったばかりのシェパーズパイを切り分けているところで、それはそれは鮮やかな手つきで皿に移していくのが見えた。ショーンさんらの注文だろう。

「なんだい」

「いま、オーブン空いてる?」

「少しならね」

「充分」

 柔らかいスポンジで型を洗い、軽く水気を拭き取った後、オーブンの空いてる場所に放り込む。工業用の油や汚れを焼き切るのが目的だ。その後、食用の油を塗り、再度空焼きして馴染ませる。コレをしておかないと型離れが上手くいかないのだ。

 とりあえず普通の角食を焼こう。生食に挑戦するのは、それからだ。

「へえ、本当に蓋付きなんだね」

「そうだよ。あ、これ持ってきてくれたショーンさんがさぁ、明後日にはミスター・サイラスが旦那ちゃま連れてくるって言うんだよ」

「おやまあ」

「旦那ちゃま、どんだけ食べたいんだよって話だよね」

 食いしん坊だなあ。

 ぷぷぷ、と笑っていると「いや、あんたほどじゃないでしょ」と皿を取りに来たアマンダが、ジットリした目でこちらを見ながら呟いた。

「えぇ〜っ⁉︎」

「リリーの食べ物にかける情熱は、ちょっと常軌を逸していると思う」

 我が姉ながら失礼な言い草だな。断固として抗議するぞ。

「だって、マズいものより美味しいものの方がいいじゃない」

「そりゃそうなんだけどさ」

 あんたのはそーゆうレベルを越えてると暗に指摘され、うーむと思わず頭を傾げてしまう。なまじ完成形を(記憶だけでも)知っているだけに、どうしても舌が其方に引きずられてしまうのだろうか。

「確かにリリーはこだわりが強いけど、料理で身を立てるならそれくらいの方がいいさね」

 いつの間にかわたしの将来設計が決められていた。いいけどね。

「きちんと妥協もできるし」

「創意工夫の範疇内なら」

 それでどうにかなるならいいけど、どうにもならないレベルというのはある。往々にして基本の材料や味の決め手になる調味料、そしてまだ開発されていない調理器具なんかだ。この時代に真空調理器や瞬間冷凍庫などあるわけがないので。

「そーゆうもんかしら」

 絶妙な焼き加減のシェパーズパイの皿を両手に、アマンダはきれいに整えた眉を顰めた。

「そーいうもんです」

 ふぅんと気のない相槌を返した彼女が、注文の品を運んでいくと、ショーンさん達の間から歓声が上がるのが聞こえてきた。

 パブといえば前世ではフィッシュ&チップスが定番中の定番だったけど、いまはまだ定番になりつつあるというくらいの時期だ。あと、ここは沿岸部から少し離れているので、いつでも食べれるというにはまだまだである。そんなわけで同じジャガイモを使ったメニューでも四葉亭の看板はシェパーズパイだ。

 お母さんの焼くシェパーズパイは絶品なのである。これがまたエールに合うんだよ。ちなみにお父さんの大好物だ。

「型慣らすためにも何回か試作焼かないとなー」

「材料は足りるのかい?」

「小麦粉はショーンさんらが持ってきてくれたから。あ、お母さん、クリームがいる。あと蜂蜜と砂糖も」

「パン種は?」

「せっかくだから新しいので作ろうかな」

 近いうちに型や小麦粉が届くのはわかっていたから用意しておいたのだ。干し葡萄のと林檎のと2種類。まあ、普段からパン種は切らさないよう心がけているので、このために作ったのかというと語弊があるけど。

「さてと頑張ってみますか」

 戸棚から酵母を育てている専用のガラス瓶を取り出す。よしよし、いい具合に発酵しているぞ。

 わたしは篩を取り出して、小麦粉をふるう準備を始めた。

シェパーズパイ美味しいですよね、もぐもぐ。

そして、最近のフィッシュ&チップスのお値段高騰ぶりにのけぞってます。もう庶民料理じゃないですわ……。

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