「サラリーマン」をやりたくて転生しました。
彼は生まれ変わった。
永くつらく苦しい生を終え、手に入れた新しい肉体、新しい命。渇望した自由。
これからは何でも出来る。何にでもなれる。希望に満ち、赤子に宿った魂は運命に感謝する。前世の記憶が残された事に。お陰で、己は道を間違えないだろう。
順調に育ち、口がきける年になった彼に、周りの大人は優しい眼差しで問う。
「たっくん、大きくなったら何になりたいの?」
幼児に、一体何を期待してそんな事を聞くのか、理解に苦しむ。しかし問われた彼は即答する。
「サラリーマン!」
それを聞き、大人達の淡い期待は一瞬にしてしぼむ。
やはり我が子は、並の子か。事あるごとによもやと期待してみても、蛙の子は蛙。
しかし成長するにつれ周囲が失望しようとも、彼自身は満足していた。並の成績、並の体力。人並みを越えぬよう、注目を浴びぬよう、細心の注意を払って暮らした。
特に歴史や物理、語学等は注意が必要だ。長い長い前世で培った彼の知識は、膨大だった。
体育も気を抜けない。前世の記憶を残して転生した魂の影響か、うっかりすると、筋肉がとんでもない発達の仕方をしてしまう自分に気づいていた。小学校最後の体力測定の後だった。こっそり己の本来の筋力を測ろうと試みた彼が立ち去った後、職員室では、各測定器が何者かによって破壊されていると大騒ぎになった。
何事にも力を使わぬよう努めた彼だが、ただ一つ譲れないものがあった。顔だ。
彼の両親は顔の彫りが深く、一度見たら忘れられない、濃い印象の美形だった。正直、そんな顔には飽き飽きしていた。彼が理想とするのは、もっとあっさりして「いい人だけど本命じゃない」と言われる顔だ。
その為、顔や見た目については多少、前世からふんわり引き継いでしまっていた力を使った。
数十年が経ち、彼は満たされていた。サラリーマンとして生き、短い人生ながら、決められた枠の中でカッチリ暮らしていく安息。
もう殺さなくていい。威張らなくていい。「返り討ちにしてくれるわ」なんて言わなくてもいい人生。最高だ。
しかしいつの世も、酒は魔物である。流石の彼も、酒の魔力にうっかり口を滑らせる事がある。
「バッカヤロウ坂本ぉ~、俺なんて前世は大魔王だぞぉ~~」
「でた部長の前世大魔王説!」
「待ってました部長っ!」
……もっともそれが真実だとは、誰も気づかないだろう。
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