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9. 好きになってはいけないのに

(夜の殿方の部屋に入るのって……なんだか緊張するわね)


 シルヴィアは重厚感のある扉を見上げていた。

 深呼吸をして扉をノックすると、内側からガチャリと扉が開いた。

 顔を出したのはパジャマ姿のヴェントゥス。少しはだけて胸元がチラチラと見えているものだからシルヴィアは目を背ける。


「中に入って」


 ヴェントゥスはからかうように笑いながら中へと促した。

 夜の訪問といえど、準備は万端で紅茶やコーヒー、ジュースに至るまで飲み物が揃っていた。


「僕のことをもっと知りたい、だっけ?」

「そ、そうです」


 向かいあって座ると顔を赤らめたままのシルヴィアに配慮してか、ヴェントゥスははだけを直す。

 シルヴィアは質問を待つヴェントゥスにいきなり核心に迫るようなことを問いかける。


「なぜ、ヴェントゥス様は婚約を拒んでいるのですか」

「やっぱり、気になるよね……」


 少し困り顔でそう呟いたヴェントゥスにシルヴィアは戸惑いながらも頷いた。

 それを見てヴェントゥスは「僕は自分勝手なだけなんだよ」と前置きをしてから話始めた。



「僕は文学が好きなんだ」

「文学、ですか」


 シルヴィアは前に図書室にいたヴェントゥスを思い出した。本当に楽しそうにページをめくるヴェントゥスがかっこよく見えたのはシルヴィアだけの秘密だ。


 見渡せば部屋にも分厚い本が溢れている。シルヴィアも教養として文学も読んではいるが、ここまでの量は読んだことがない。


「僕は王位にも興味はないし、別にすごい才覚があるわけでもないから……この国を出て行きたいと思ってる」


 シルヴィアは目を丸くする。国の第3王子が国を捨てて出ていくなど許されるのだろうか。


「僕は知ってしまったんだ。世界は広くて、僕の知らないことで溢れかえってる。だから見たいと思ったんだ」


 そう言うヴェントゥスの目は未来を想像して輝いていた。シルヴィアの胸がどきりと高鳴る。


「だから婚約者に迷惑をかけてしまうと思って今まで避けてきた。だけれど、今回こそと念押しされてしまい……あの夜会で僕に興味がなさそうな令嬢を探していた」

「それが、私ということですね」

「それもだけれど、1番は僕と同じくらいの夢を持っている子がいいと思っていた。僕のこのわがままを少しは理解してくれるのでは、と期待していたんだ」


 シルヴィアはその話を黙って聞いていた。

 胸がチクチクする。きっとそう言ってはいけないのだろうとシルヴィアはこの理由のわからない痛みに耐えるしかない。


「素敵な、とっても素敵な夢ですわ。私も応援いたします」


 シルヴィアは口角を無理やり上げる。

 そう答えたとき、ヴェントゥスは一瞬目を見開いて――それから微笑んだ。




 それから、2人でたくさんの話をした。

 趣味嗜好や食の好み、新たな発見ばかりでお互い飽きなければ話題が尽きることもない。


「シルヴィアに出会ってから魔術にも興味を持ち出したんだ」


 そう言ってキースから借りたのだという魔術書に視線を落としながら口を開く。


「今までずっと具合が悪いことが多かった。それが霊などのせいであっても……だから……あまり期待はされていなかったのだろうね。僕には優秀な兄がいるし」


 ヴェントゥスの表情からはあまり何も窺えなかった。

 辛い気持ちなのか、悲しいのか、諦めなのか。


「そんなこと、言わないでください」


 驚いたヴェントゥスと視線が絡み合う。


「私も今まで霊が見えることを信じてもらえずに、魔術のことも受け入れてくれる方は少なくてずっと苦しかったんです。でも……ヴェントゥス様はすぐに私を信じてくださった」


 シルヴィアはそこまで言うと、笑った。


「ヴェントゥス様は私にとって、仮だとしても素敵な婚約者ですわ」

「シルヴィア……」


 ヴェントゥスはガタリと椅子から立ち上がった。机の下で拳を震わせていたことなど、シルヴィアは知らない。





「寝てしまったね……」


 ヴェントゥスはすうすうと寝息を立てている横顔を愛おしそうに見つめていた。

 あれからたくさん話をしたせいか……シルヴィアは危機感なくこの部屋で眠っていた。


 ヴェントゥスは肩に優しく触れる。するとシルヴィアの体は仰向けになった。


「……好きになったら傷つけてしまうのに」


 ヴェントゥスはそう呟いて柔らかい唇に指を這わせた。

 それから顔を近づけて、唇を重ねる。




 まさか、次の日ゲルの店に出かけたシルヴィアが消息を断つなど、この時のヴェントゥスは思ってもいなかった。



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