19. はやく会いたい
「本当に綺麗だなぁ」
ヴェントゥスはうっとりと花瓶に挿している魔法石を見つめる。
あれから魔法石が枯れてしまうのでは、と急いで王宮に戻ってきたのだが、魔法石は枯れることなく美しく咲いていた。
(早くこの魔法石について調べたいところだけど)
「まずはヴェントゥス様の魔除けを作りましょうか」
「楽しみだな」
ヴェントゥスは楽しそうにシルヴィアに笑いかける。シルヴィアも魔術書を開きながら笑う。
シルヴィアが準備をして、テキパキと作っていくのをヴェントゥスは覗き込む。
魔法石の花びらを一枚切り取って削って磨いて形を作っていく。さらにアレキサンドライトを砕いて粉末にしたものを魔法石に散らす。より一層輝きが増した魔法石を金細工にはめ込んで紐を通す。
(これを渡してしまったら……もう)
シルヴィアは完成した魔法石のペンダントを見つめた。
(でも最初からそうする約束よ。ヴェントゥス様がもう霊たちに悩まされることがなくなったら私は王宮魔術師になれる。それで、いいじゃない)
そう言い聞かせて、シルヴィアは振り返る。そして精一杯の笑顔を見せる。
「できましたわ。これで、もう大丈夫」
ヴェントゥスは「ありがとう」と手を差し出す。シルヴィアはその手にペンダントは置かず、ヴェントゥスの首に手を回した。
金具がなかなかつけられなくてだんだん恥ずかしくなっていくが、ヴェントゥスはシルヴィアを見つめたままその背に手を伸ばしていく。
「私、応援していますわ。少しの間でしたけれどヴェントゥス様といるのは楽しかったですわ」
ヴェントゥスはその言葉に伸ばしていた手を止める。耳元で言われたその声は少し震えていた。
「シルヴィア、僕は」
言いかけるがシルヴィアはヴェントゥスから体を離してしまった。そしてふわっと笑う。
「素敵な時間をありがとうございました、殿下」
そしてシルヴィアはヴェントゥスに背を向けると距離をおくように、部屋から出ていった。
「シルちゃん」
とぼとぼと歩いていると後ろから声がかかった。振り返るとそこにはキースが立っていた。その表情はいつものおちゃらけたものではなくて、真剣だ。
「ねえ、本当にそれでいいの?」
「……何が、ですか」
顔を背けたシルヴィアにキースは続ける。
「ヘタレな殿下も大概だけど……俺はシルちゃんが辛そうに見えてならないよ」
きっとキースは全部お見通しなのだろう。しかしシルヴィアは笑顔を作る。
「これでいいんです。私の気持ちはヴェントゥス様の邪魔になってしまいます。それに……」
シルヴィアはそう言いかけて口をつぐんだ。
耐えていた涙が溢れ出てきてしまいそうで。
「もともとは互いの利益が一致しただけ。好きになってはいけないと分かっているのに。でも好きになってしまった……そんなところかな」
シルヴィアは目を見開いてキースを見る。
ずっと見て見ぬふりをしてきた気持ちを口にされたことで一気にせきとめていた涙が溢れ出す。
「……本当はヴェントゥス様と一緒にいたいです。王宮魔術師は私の夢で、だけどヴェントゥス様の夢を隣でみたくて、欲張りなのは分かってるんです」
わあっと溢れ出てきた言葉をキースはうんうんと頷きながら聞いていた。
「だけど、ユラン様が……レイナ様と婚約させると……たしかに私なんかよりレイナ様との方が、ヴェントゥス様だって幸せなはずです。でもヴェントゥス様の夢を壊して欲しくはないんです……!」
手で涙を拭いながらそう言うシルヴィアにキースは「そうなんだね」と一瞬目を見開いた。
「今からでも遅くないよ。ちゃんと会って気持ちを伝えて来なよ。それから2人でユラン様のところへ行くんだ」
諭すように言うキースにシルヴィアはコクコクと頷く。
「ありがとうございます、みっともない姿を見せてしまって……」
「んーん。恋する女の子はみんな素敵だし、それに殿下とシルちゃんが一緒になってくれたら俺も嬉しいからね」
キースはそう優しく微笑むとシルヴィアの背に触れ、ヴェントゥスの元に送り出す。
シルヴィアは大きく頷いてヴェントゥスの元へ駆け出した。
階段を上って、廊下を少し行くとヴェントゥスの自室がある。シルヴィアは階段を駆け上がっていた。
(はやく、はやく会って伝えたい)
「シルヴィア様!」
声がして顔を上げると階段の踊り場にレイナが立っていた。
「……そんなに急いで……もしかしてヴェントゥス様のところへ行くのですか?」
「ええ、そうですわ」
シルヴィアはレイナの睨むような目に一瞬たじろぐ。
すると。
「シルヴィア!」
上階の手すりからヴェントゥスがシルヴィアを見つめていた。駆け寄ろうと階段を上がろうとしたその時。
シルヴィアの目の端でレイナが落ちていくのが映った。
シルヴィアは咄嗟にレイナの手を掴み――そして引っ張り上げる代わりに体勢を崩した。
「シルヴィアー!」
ヴェントゥスは叫ぶがそれも虚しくシルヴィアは階段から落下した。
そして、力なく目を閉じたのだった。